3000字以内の短い小説
花踏 芽々
1000字以内
「たぬき」「秋風」「食」
清々しい秋晴れの日。薄が生い茂る野原から声が聞こえてきた。子供特有の高い声。なのにやけに内容が大人びていて気になってしまった。
悪いとは思いつつも、何となく耳をすませてきいていると。
「藤袴さんちのぶどうが食べ頃だそうだ」
「なに、それは行かねば」
「あそこの家は手入れをせぬからなあ。まあ少し酸っぱいがぶどうには変わらんしなあ」
藤袴さんとは私のことである。確かに数日前、庭のぶどうがそろそろ食べられるよと祖母が言っていた。
小さな悪巧みを耳にした私は自身の幼少期を思い出し、なんだか微笑ましく感じた。と同時に、この小さな悪巧みをしている子どもは一体誰なのだろうかと知りたくなった。
ひやりとする秋風に揺れている薄の間から覗いてみると、腰が抜けそうなほど驚いた。話をしていたのは数匹の狸たちだったのだ。
人間の言葉で話し合う狸たちは異質なものに思えたが、冬毛でもふもふの狸たちがのびのびころころとじゃれ合いながら話し込んでいる姿が可愛らしすぎて目を離すことは出来なかった。愛おしさが声になって溢れ出ないように細心の注意をはらいながら、私はその場に静かに座り込む。
すると、また声が聞こえ始めた。
「ぶどうといえば、一生に一度でいいからあれを食べてみたいものだなあ」
「あれとは」
「あれあれ。まるで翠雨に打たれた新緑のように淡い緑色をした美しいぶどうさ。なんといったかな」
「ははん。シャインマスカットだな」
「そうだそうだ。シャインマスカットが食べたいなあ。だけれど、野良狸の分際では難しいよなあ」
と言いながら、狸たちがちらちらとこちらを見ている。滑舌も溌剌としていてとても聞き取りやすかった。これは、私に言っているのだ。買ってこいと。
突如風が吹いた。ざわざわと音を立てて薄が揺れる。枯れた草の破片が夕焼け空に飛んでいく。風が止み、立ち上がったときにはもう、狸たちの姿は消えていた。
見事に化かされたような気持ちであったが、狸たちの言動のあまりの可愛らしさに、私の胸はほわほわとした柔らかな気持ちでいっぱいになった。これは差し入れのひとつでも持っていかないとバチが当たるな、と思ったので、後日私もまだ食べたことのないシャインマスカットという立派なぶどうをひと房買って、狸たちが集会をしていた薄野原にちょこんと置いてあげた。
数日後、庭のぶどうの木の根元にあけびが一抱え置かれてあった。それを見た私は堪らず、その場で手を合わせて拝んだ。
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