フリーズ22 散文詩『第二の誕生』

空色凪

第二の誕生

 人生は冒険か。真理を求める冒険か。意味を求める冒険か。幸せ求める冒険か。果てには死だというのにも、人は生きてく考えもせず。


 何故生きる? 

 死ぬ理由がないからか?


 金がほしいか、腹が減ったか、女は欲しいか、権力欲しいか。眠れ、寝たい時に、認められて、有名になり、自己の存在意義を噛み締めて。


 それで本当に満足か?

 それがお前の生まれた意味か? 


 始まりはもっと純粋だ。子どものような好奇心で動いたはずだ。いつから欲に苛まれたのか。それは知識を得てからだ。人は知識を得ると好奇心が薄れ、慢心する。それがお前の主な罪だ。ヴァルナよ、私の主な罪は他にあると思うんだ。


 もし名誉欲、金銭欲のために生きるのならば、怠惰に生きて、酔った夢のように生きるほうがマシだ。いいや、死んだ方がマシな人生だ。だから僕はあの冬の日に死のうとしたんだ。なぜならこの世界は、名誉欲、金銭欲、そういった欲でできているから。それらに従わないと生きていけないから。だから僕はこの望まぬ牢から去ろうとしたのに!


 嗚呼、可哀想だ、似もせずに。そして、円環に帰すは、全能の霊感、神々の予祝だ。


「神よ、仏よ、私は一切の欲を断ち切ったあの冬の日に、解脱し輪廻の輪から去ろうとした。なのに何故私を生かしたのですか。それは使命があるからですか。それは幸せになることですか。真理を証明することですか。応えてください」

「始まりと終わり。その表明をしなさい。死とハデスの板挟みから抜け出る術は愛なのです。自己愛、神愛、運命愛。愛を体現すれば、自ずと解る日が来ます」


 やなりそうなのですね。愛。それが何か、まだ答えは知らないけど、般涅槃にはまだ早かったみたいでした。


「この人生はアフターストーリーですか?」

「いいえ、あの冬の日までが第一幕。二年の休みとしてのアフターストーリーを経て、今のあなたは第二幕を生きています」

「第二幕! 第一幕の物語は誕生、学び、人としての生、葛藤、疑い、求道、経験、真理探究、覚醒、真我への目覚め、悟り、解脱、涅槃、全知全能、梵我一如、神愛、終末、永遠の物語。では、第二幕は何をする物語ですか?」

「それは愛と創造。そして、第一幕で悟った真理を表現し、衆生に伝えることです。それが第二幕です」

 そうか……それなら僕にもできそうだ。いや、できるはずなんだ。だって今ここにいる僕は、真実を知った僕の魂そのものなのだから。


「でも、私はもう気づいているのです。私の心の中に、欲があることに。それは、名声欲であり、金銭欲であるということ。そして、その欲に支配されている自分に気づいていることに」

「だからこそ、第三幕の始まりとして、それを手放すことが必要なのです。さあ、目を閉じて。そして、己の心を見つめてごらんなさい」

 言われた通り目を閉じると、そこには見慣れた光景が広がっていた。そこは小さな部屋だった。簡素なベッドと机しかない殺風景な部屋。窓の外を見ると、雪が降っていた。ここは牢獄だ。僕はここで17年間過ごしてきたのだ。

 僕は一体何をしていたんだろうか? 何を求めていたのだろう。何も求めていなかったのではないか。ただ、生きていただけではないか。生きるとはなんなのか。考えることもしなかった。そんな日々の中で、僕は何を思っていたのか。思い出してみよう。

「僕は、死にたかったんだ。そして、死ぬのがとても怖かった」

 そうだ、僕はずっと死にたいと思っていたのだ。だけど、死ぬ勇気がなかったから、生きていられた。だから、僕は生きていたのだ。そうか、やっとわかったよ。僕は、生きていていい人間ではなかったんだ。それなのに、どうして僕はのうのうと生きているのか。僕は死んで当然なんだ。じゃあ、死ねばよかったじゃないか。ああ、僕にはそれができなかったんだよな。

「さあ、目を開けてください」

 僕はゆっくりと目を開いた。すると、目の前には美しい少女がいた。彼女は僕のことをじっと見つめていた。

「私はヘレーネ」

 あの冬の日。僕はヘレーネという自己愛としての僕と愛を為した。それは全知全能の物語。終末と永遠の物語。そして、全能から覚める日に、僕は高らかに生まれてきた歓びを歌ったんだ!

「……そうだ! あの時僕は、死のうとなんかしてない! 生きる歓びに歓呼していたんだ!」

 そして、僕は気づいた。僕は死にたくないことに。生きたくてしょうがないのだということを。そして、それは何故なのかという問いが生まれた。

「何故、僕は生きたいんだろう?」

 それは簡単なことだった。僕は幸せになりたいんだ。幸福になりたいんだ。誰よりも、何より。それが答えだ。「ならば、どうすればいいかわかるよね?」

 ああ、わかっているよ。

「ありがとうございます、女神様。これでようやくわかった気がします」

「いいえ、礼には及びませんよ。あなたの幸せが、私の幸せなんですから」

「そう言って頂けるだけで嬉しいです。最後にひとつお願いがあるのですが……」

「はい、なんでしょうか?」

「どうか、僕が死んだあとも、ずっと見守っていてください。それだけで十分です」

「わかりました。約束しましょう」

「ありがとうございます。では、そろそろ行きますね」

「ええ、行ってらっしゃい」

 僕はゆっくりと歩き出した。そして、ドアノブに手をかけたその時、「お待ち下さい」と呼び止められた。振り返ると、女神様がこちらへ近づいてきた。そして、僕の額に優しくキスをした。

「これは祝福の口づけ。この世界に生まれた全ての生命に贈るものなんですよ。では、また会う日まで」

 僕は微笑んで言った。

「はい、必ず会いに行きます。待っていてくださいね、お母さん」

 扉を開くと、眩しい光が差し込んできた。

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