貞操観念逆転世界で山賊のお頭になりました

ぱわふるぼたもち

序章 ある騎士の死

第1話 穀潰しのバルデール

 えっちしたい。しこたまえっちしたい。もうオチンチンの感覚がなくなるくらいオチンチンを擦り付けたいし、歯が全部抜けるくらいオッパイにしゃぶりつきたい。柔らかな女体に包まれて泥のように眠りたいし、その温かな腕に抱きしめられて温もりと愛を噛み締めたい。

 愛されているという実感が欲しい。ここにいていいのだと思いたい。


 そんな悲痛な思いは、頰をかすめた矢の痛みによって振り払われる。

 気をしっかり持て、ここは戦場なのだ。俺は歯を食いしばり、手に持った槍を構える。いや、槍と言うのはあまりにも粗末か。

 竹槍。手に掴める程度の太さの竹を手頃な長さに整え、先端を斜めに切って尖らせただけの代物。農民が獣や野盗などから身を守るために気休め程度に拵える代物。

 それが、一応は騎士の家系に生まれたこの俺に与えられた武器だった。


 バルデール。バルデール・ゴルドアン。

 ゴルドアン子爵家の九男として十三番目の息子として生まれた八番目の妾の子で、スペアのスペアのスペアのスペア…にもなれない、穀潰し。それが俺だった。

 子爵家とはいえ田舎の貧乏騎士家であり、とてもではないが九人もいる息子全員を騎士に叙させるような甲斐性はなく、さりとて貴族の高貴なる血ブルーブラッドを無闇にばら撒く事は許されないとして、家の跡継ぎになどなれるはずもない俺はロクに外にも出されずに家の中で雑用ばかりこなして生きてきた。

 騎士などなれるはずもないのに、他にやることもないからと雑用のない間は領内の竹林から取ってきた竹で作った竹槍を振るっていた。

 騎士にはならずとも、兵としては使われる身だ。森に大猪が出たと、野盗が村を襲ったと聞けば、兄達の代理として駆り出された。

 装備と呼ぶのも躊躇われるような無様な格好で死地に飛び込み続けてきたが、それでも家の中から出られる数少ない機会は俺にとっての癒しだった。


 …この人生について、誰かに恨み言を言うつもりはない。実際どうしようもないのだろう。戦場で跡継ぎが斃れたときのスペアはもう十分に入る。女でもないのだから他所の家に嫁ぐようなこともない。

 スペアにさえなれないのならばせめて盾に剣にと、兄達よりも前に立たされ血を流して戦う。

 そうした俺は日に一切れのパンと僅かなワインだけで傷ついた体をねぎらい、明日も続く雑用や戦いに備える日々を過ごしてきた。

 これは、仕方のないことなのだ。我が父は好色家で、多くの女に手を出して無理やり妾にし、子を産ませてきた。

 確かに子が一人では心もとない。戦争、病気、どういった理由で子を失うのかわからないのだから、貴族として、家を残すために多くの子を作るのはいい。

 だが、それでも十三人は多すぎる。王族ならまだしも、子爵の家にそれほどの子は必要ない。男だけも九人、過剰だ。貴族としての教育や生活をこの人数分賄うのは不可能なのだ。

 だから、これは仕方のないことなのだ。兄を、父を恨んだところで仕方がないのだ。

 だからこうして全て飲み込んで、友も想い人もいないのも、ただの兵士として雑用係として生きていくのも、理解して、納得して、生きていくのだと、そう思っていた。


 この戦争が、始まるまでは。


「伏せろぉ!火球くるぞぉ!」

「うわぁぁ!」

「熱っ熱っぁあ!」


 俺は喉が張り裂けそうになりながら叫び、俺のそばにいた槍兵が悲鳴を上げながら転げ回る。直撃はしなかったが、ラボンの頭に火がついてしまった。俺はバシバシとラボンの頭をはたき火を消す。

 あたりに人の髪が焼ける嫌な匂いが漂う。


「よし消えた! ムナラト、敵の魔術師は何人いた!」

「一人ですバルデール様! 護衛の騎士が一人と兵士が四人で囲んで守ってやす! 槍持ってるのが二人と弓持ってるのが二人!」

「距離は!」

「結構ありやす! 見たとこ身の丈がおいらの爪の先くらいで!」

「そんな距離から届くのか!? とにかく分かった! 壕から顔出すなよ!」


 俺に与えられた部下――領内の村から徴集した民兵の男、ラボンとムナラトは、昨日作った即席の塹壕の中でこくこくと頷いた。


 我らが祖国ユングラントが隣国アイドラートと戦争を始めてから二ヶ月と少し、じりじりと戦線は後退し、ついに俺たちの住むゴルドアン領も戦場になった。

 そのため、普段は盗賊狩りや獣狩りくらいにしか外で活動しない俺も、兵を付けられ戦場に送り出されたというわけだ。

 それにしても二人というのはあまりにも少なすぎるが。


「くっそぉ…俺の自慢の髪がチリチリだ…こすっからいアイドラートの猿め…」

「言うなラボン、男前だぞ。いい感じだ」


 焦げてチリチリに絡まったラボンの髪をガシガシと手でくしゃくしゃにして笑うと、ラボンとムナラトはからからと笑った。


「……はぁ、なんであんたみたいないい人がこんなひどい扱いなんですかね、これじゃあまるで捨て石だ」

「付き合わせてしまって悪いな二人とも」

「いいや良いんですよバルデール様。俺はあんたの下で戦えて光栄ですぜ」

「そうそう、どうせ他の隊に入れられてもおいらたちみたいなのは結局肉盾以上の扱いはされないんですから」

「どうせ死ぬなら、偉そうに命令しないし俺らみたいな農民にも優しくしてくれるあんたのとこで死ぬ方が良いや」

「ちげえねえや、ハハハ」

「へへへへ」

「お前たち……」


 笑い合う二人を見て、俺は竹槍をぎゅっと握りしめた。

 竹槍。そう、竹槍だ。普段ならまあ構わないが、ここは戦場だぞ?

 命をかけて殺し合わなければならない状況で、ろくな装備などない山賊とは違い相手は正規軍だ。向こうの騎士はフルプレートアーマーを身にまとい、鋼鉄の武器を使ってくる。竹槍なんぞではダメージすら与えられないだろう。

 防具だって、猪の皮をなめしただけのもの。兜すらない。鋼鉄の剣相手では着ていないのと同じで、なまくらであったとしても革の鎧越しに俺の骨を容易く砕くだろう。

 九男とはいえ、子爵の子を戦場に送り出す装備ではない。しかもここは本隊ではなく、三人だけの別働隊だ。聞いたところによると、敵軍の小隊に動きがあり、何やら工作を行おうとしている可能性があるためこれを調査し対処せよ、とのことだったが。


「敵地のど真ん中で小隊で動こうってんだから、そりゃ魔術師くらいいるよな…」


 魔術師。日に数度ではあるが、魔力という不思議な力を使い魔術と呼ばれる奇妙な技を使う者たち。希少な存在であるためあまり見かけたことはなかったが、敵国の正規軍と言うだけあって、戦闘に参加できるほどの攻撃魔術の使い手がいるとは。

 このあたりでなにかするならここを通るだろうと昨日のうちから地面を掘り、簡単な塹壕を作っておいて助かった。矢避けのためのつもりだったが、火球を避けるのに役立つとは。

 しかし、状況はかなりまずい。恐らく兄上たちからしても、念の為の哨戒程度のつもりで俺を出したのだろうとは思うが、結果的にこんな貧弱な装備で魔術師を含む一団との戦闘になってしまった。

 見逃してくれるような相手ではないし、逃げるわけにもいかない。このまま進めば、本隊が敵の部隊と睨み合っている戦場を上から俯瞰できる崖の上に出る。

 そうなればこの魔術師は崖の上から戦場に火球を放ち、戦場は大混乱へと陥るだろう。俺だって、子爵家の一員として、騎士家の子として、この領地を守らなければという思いはある。

 惨めな人生を送ってきたが、それでも誇りはある。誇りしかないのだ。


「刺し違えてでも、あの魔術師だけでも倒さないとな…」

「お供しますよ」

「俺も俺も」

「馬鹿言うな二人とも、俺に付き合って死ぬことはないぞ」


 俺は辺りを見渡し、木々の連なる森の方を指さした。


「いいか、この壕は浅く土を掘って積んだだけのもんだが、この道を横断するように作ってある、両側の森に飛び込めば逃げられないこともない。お前たちは両側から一人ずつ森に飛び込んで崖の方に向かえ。あそこは重装備の騎士連中には無理だが、お前らみたいな軽装なら滑り降りていける。奥の陣に兄さんたちがいるはずだからお前たちは魔術師が奇襲しようとしてることを伝えろ」

「……それは構いやしませんが、バルデール様はどうなさるんで?」

「考えて物言えよ。分かるだろ」


 俺は手に持ったナイフで竹槍の先を尖らせながら続ける。


「あいつらは崖までたどり着けばいいがこっちはそこから降りて戦場突っ切って陣まで辿り着かないといけないんだ。誰かが時間稼がねえと」

「バルデール様! それならおいらたちが時間を――」

「だから考えて物を言え! お前たちで時間稼ぎになるか! こん中で一番戦えるのが俺だ。なら俺が残るのが筋だろ」


 もっとも、こんなひどい装備では向こうからしてみれば大した違いにもならないのかもしれないが。


「で、でもバルデール様は貴族で、俺たちは農民です。俺たちとバルデール様とでは命の重みが…」

「俺は生まれてこの方自分を貴族だと思ったことはないよ。そもそもどこに竹の槍と革の鎧で戦争に出る貴族がいるんだ」


 ……時間がない。周囲を警戒しながら来ているだろうが、流石にそろそろこちらに辿り着くだろう。そうなっては逃がすこともできない。


「……いいか、俺はゴルドアン子爵家の十三番目の子供で、九番目の息子で、八番目の妾の子だ。俺は兄たちのスペアにさえなれない男だ。狩りや討伐以外で家から出たことがないから友人も恋人もいない。生きていても、死んでいてもいい男なんだ。だが、お前たちには家で帰りを待つ家族があるだろう。愛する人たちがいるだろう。俺が貴族で、お前たちが農民だなんて、そんなどうでもいいことは今は忘れろ。お前たちには帰りを待つ人たちがいるんだ、その死を悲しむ人たちがいるんだ。そいつらを泣かせてしまいたいのか?」

「バルデール様……」

「そんな、そんな悲しいことを言わないでくだせぇよ。おいらたちはバルデール様が死んじまったら悲しいですよ」


 二人は、傷とシワだらけの汚い顔を更にくしゃくしゃにして言う。

 そうか、俺が死んだらこの二人は悲しんでくれるのか。それは、少し嬉しかった。


「時間がもうない。こっそり抜けるには近づきすぎた。俺が飛び出して気を引くからお前たちはその隙に行け」

「ば、バルデール様――」

「いいから!」


 身を翻し、槍を握りしめて壕に手をかける。


「――俺はな、これまで女を抱いたことがねえ。貴族の血を無闇に増やさないために、そういったことから離されてきたからな。この年になっても童貞だ」

「き、急に何を……」

「……いつも考えるんだよ。生き物ってのは子どもを作ってよ、命をつなぐために生きてるんだろ。人間も獣も、どんな生き物だってそうだ。自分の血を残すために生まれてくるんだ。じゃあ子どもを残せねえ俺は何のために生まれてきたんだ? ってな」

「……」


 心臓が早鐘のように鳴り響く。今少し覗いてみたが、かなり近づいてきている。向こうもまさか俺たち三人しかいないとは思ってもいないようで、警戒しながら進んできているが、それでももうすぐこの壕に三人しかいないと分かる距離まで来てしまう。


「俺は何のために生まれて、何のために死ぬ? 何も残せず消えていくなら俺は何のために生きてきたんだ?」


 震える体に力を込める。


「それで、考えてみたんだがな。俺は貴族として生きてみることにしたよ」


 泣きそうになるのをこらえる。


「貴族って言ったらよ。ノブリス・オブリージュって言うだろ。力ある者の務めっていうかさ、貴族は、騎士は、力なき民を守るものだってやつだよ」


 どうして俺がここで死なないといけないんだろう。


「だからさ、俺も貴族の端くれとして、お前たちを守るよ。お前たちを生かしてここから逃がす」


 まだやりたいことの一つもできてないのに。


「俺なんかが騎士に叙されるわけもないし、自分の馬も、鎧も、剣さえ槍さえもっちゃいないがよ」


 えっちしたい。


「それでも俺は、貴族として、騎士として」


 しこたまえっちしたい。


「せめて最期にお前たちという二人の民を守る。お前たちを守ることで、向こうの戦場で戦う兄を父をたくさんの兵士を守る」


 ……誰かに、愛されたい。


「だから行け! これはゴルドアン子爵家九男バルデール・ゴルドアンとしての命令である!」

「……はい!」

「……わかりました」


 ちくしょう、ちくしょう。

 友達をたくさん作って、素敵な女の子と仲良くなって、いっぱいえっちして、たくさん愛を紡いで、たくさんの子どもに囲まれて、そういうものが欲しかった。そういう人生が欲しかった。


 バレないよう身をかがめ二手に走り去っていくラボンとムナラトの背中を交互に見つめる。

 この数日間の付き合いだったが、彼らは俺にとって初めてできた仲間だった。彼らの暮らしぶりのこと、仕事のこと、家族のこと。たくさんの話をした。楽しかった。

 俺は今から、あれを守るために戦うのだ。できればあれになりたかったが、それは叶わない。だからせめて、あれを守りたい。

 俺にはなにもない。けれどもせめて貴族としての誇りだけは、最期の最期にせめてそれだけは曲げたくなかった。


 俺は遠く遠く――戦場で戦う家族にも聞こえるように、大きな声を上げて飛び出した。


「やあやあ我こそは――!」

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