第92話
すると──家の前にはすでにこの頃は見慣れつつある黒いベンツ。
その前に今日も背筋正しく立っている猪熊さんと、
「瑠衣さん、おはよう!」
とにっこりスマイルで車の中から窓を開け、手を振り挨拶してくる万亀の姿。
なんか、全身から『うきうき』がみなぎってるみたい。
っていうか『遠足楽しみ〜!』って思ってる小学生みたい、とも見える。
私はそっちには「おはよう」と万亀の半分くらいの大体いつも通りのテンションの挨拶を返し、猪熊さんには礼儀正しく「おはようございます」と挨拶する。
猪熊さんも「おはようございます」と挨拶を返してくれた。
そうして車の戸を開けてくれる。
お嬢様でもなければ中々お目にかかれないこういう対応も、このほんの数日の間に慣れそうになってる自分が怖い。
いやいや、ダメよ、瑠衣、こんなのに慣れたら!
そう心の中で思いながら平静を装って車の中に乗り込む──と。
万亀の爽やかな笑顔と目があった。
「今日はめいいっぱい楽しもうね」
言ってくる。
その屈託のない笑顔と声に。
私は──私も何だかちょっと心がほぐれる様な気がして「はいはい」と自分でも気づいていない微笑みで返したのだった。
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