Run for FREEDOM
新emuto
俺/僕は一人だった
走る。走る。ひたすらに、何も考えず。
暗闇の中、迷路のような廊下をひた走る……微かな赤を頼りにして。
少年がとある工場の廊下をひたすら駆け回っているのには訳がある。最初のきっかけは些細なことだったのだ。
「おい、ユッキーユッキー! ちょっと凄いことを発見したんだよ」
よくある中学校の二階にある教室の片隅、ユッキーというあだ名で呼ばれた中2の
しかし、彼は敢えてそれを無視して先刻まで行っていた作業を続行する。彼の視界にはいくつかの画面が見えている。そこには今さっきまで行われていた数学の授業で使っていた教科書や授業での説明が書いてある。
「ちょっと⁉ 振り向いておいて無視はないだろ⁉」
声の主はまるで心外だとでも言いたげな顔で荒谷を非難している。彼は何かある度に荒谷へ話しかける変わり者だ。
(こういう時は厄ネタか面白ネタのどっちかなんだよな……)
「なんだよ、昼休みが始まるなり急だな……」
「しょうがないじゃん、朝はずっと
古川の言い訳に荒谷は眉間に皺を寄せることしかできなかった。ここで言う「捕まっていた」は「虐められていた」という意味なのではという解釈が最近の荒谷の疑念だ。古川の話している彰、長谷川彰は水泳部のエースだが悪い噂しか聞かないからだ。しかしながら、古川本人が何も言わないので話を出しにくい。荒谷が口を出すことによって、古川が塞ぎこんでしまうかもしれない。
クラスの連中も荒谷と同じことを思っているのだろう、古川が長谷川の話を持ち出したとたんに荒谷と古川の方へと目を向けるのを過剰なぐらいに避けている。
「そう言う事を大声で話すなよな……まあいいや、俺もぼっちだし。屋上で飯食べながらだったら話聞いてやるよ」
「ユッキー……そう言ってくれると思ったよ!」
「やめろ、俺をユッキーなんて呼び方するのはお前ぐらいだよ」
荒谷は視界に映っている
屋上へのドアは普段から鍵がかけられているので、荒谷と古川は非常階段を上っていく。屋上には誰もおらず、広々とした紅色の空だけがある。風も気持ちがいい。
「それで……話って何だよ」
「その前にちょっと待って!」
古川は荒谷の質問にそう答えると荒谷の後ろから彼の顎を抑える。荒谷は咄嗟に後ろへ振り向こうとするが、何せ顎を抑えられているので振り向くに振り向けない。
「にゃ、にゃんすかこれ……」
「そのままじっとしていてね、こっち向いちゃダメだよ?」
「いいけど……」
荒谷が古川の指示に従うと、古川は荒谷の後ろで何やらカチャカチャ音を立てている。その状態が七秒程続き、荒谷が声をかけようとするとちょうど古川が話の続きをしてくれた。
「はい、オッケー。次はユッキーの番だな。ちょっとそのまま頭の位置を固定させといて」
そう言うと古川は荒谷の耳とほぼ一体化しているエクステンダーにまたもやカチャカチャ音をさせて何かの操作をし始める。
(エクステンダーの外装を外している……?)
「はい、オッケ! もう動いて大丈夫だよ」
荒谷が古川の方を見ると、古川はニヤニヤ顔で荒谷を見つめている。荒谷はその表情に嫌気が差したので、半ば投げやりに古川へ聞いてみる。
「お前、何やったんだよ?」
「さっきと今で視界に何か変化はない?」
荒谷はその言葉で視界を固定し、あちらこちらへ視線を投げかけてみることにした。そうすること数秒でやっと気づいた。エクステンダーによって視界に表示されていた時計表示やニュース、カレンダーなんかが一切消えてしまっている。
「エクステンダーを強制的に省電力モードに切り替えたんだよ」
古川は荒谷の様子を見て、満足そうにネタばらしをし始めた。
「エクステンダーを省電力モードへ移行させることで、ほとんどの機能は使えなくなる。その結果、僕たちはエクステンダーを使っている視界を覗き見されずに済んでいるということさ」
「誰にだよ?」
荒谷がもっともな質問を投げかける。古川の話は誰が覗き見するのかという主語が抜け落ちている。その質問を聞いた途端に古川は顔をしかめる。
「それが分からない、というのが問題でね……強いて言えばこの装置を作った人間かな。今日話したいのは正にこのエクステンダーについてなんだ」
(本当に今日のコイツはどうかしている……まるでずっと前から準備していたみたいだ……)
それが荒谷の感想だった。いつもは「この世界には飛行機のように空を飛べる生物がいるかもしれない」だの「昔はわざわざエクステンダーのような通信機器を握って遊んでいたんじゃないか」など突拍子のない事を唐突に話してくる古川なのに今回もそうせず周りの目を気にしている。非常に古川らしくないことだ。
「最近の僕はこの疑惑の装置について調べていてね。最初は些細なことだったんだ。授業中に寝かかってウトウトしていた時、僕は見たんだよ。エクステンダーで表示されている画面がバグっているところを。その時に見たのが赤でも黒でもない色。なんだろうな……ぬめっとした鮮やかさがあったんだよ」
赤でも黒でもない色。古川の話はあり得ないと荒谷は思った。なぜなら、現に荒谷の視界は赤色しか存在しないし別の色が存在するなど聞いたこともないからだ。そもそも他の色が存在するからと言って何の問題があるのだろうか。荒谷は反論を試みる。
「でも……授業でやったぜ。赤色は百種類以上あるんだろ?それだけあれば十分じゃないのか?」
「甘いな……他の色が隠されているのは十中八九このエクステンダーの隠されている機能に違いない。そして、わざわざその機能を隠しているという事は、隠すだけの何かやましい事があるに違いない」
現状に甘んじようとする荒谷を追及する古川。荒谷にも彼が何を言わんとしていることが段々分かってきた。
「それを暴きたくて俺に声をかけたと?」
「That's right!」
古川はようやく話の核心に至ったと言わんばかりの満足げな顔で、左手の中指をスナップさせてこちらを指さす。パチンと綺麗な音が空へ霧散していく。
荒谷は母を早くに亡くし、父親の手で育てられた。と言っても、物心がついた頃には父親は出張続きで一人になることが多く、それは今も続いている。その出張先こそがエクステンダーを開発したARAYA本部だ。エクステンダーも一部はそこで生産されている。古川が言っていることは、つまるところ荒谷の父親のコネを使ってARAYA本部へ潜入、他の色を見ることができればそのやましい事とやらを突き止めるのに繋がるということだろう。
「ダメだダメだ!」
「どうしてだ?」
「もはやただの犯罪じゃないか!」
荒谷は古川の提案を考えてみたものの、さすがにことわざるを得なかった。ARAYA本部へ潜入なんてしてバレたらもう学校にはいられないからだ。
「それに父さんのコネを使うなんてしたくないし、そもそもできないし……」
「分かった! じゃあ今日一晩だけ考えてほしい! でも僕がユッキーに声をかけたのは別に君の父親がARAYAに勤めているとかじゃないんだ」
古川が荒谷の推察を否定する。荒谷はその言葉に少々驚いた。なぜなら、彼の人生にはこの父親がいつも障害だった。なにせ、日本中の人が装着している機器の開発に関わっている人物だ。周りからは様々な目で見られてきた。いまだにクラスに馴染めないのも父親が半分、彼自身の意気地のなさ半分というところだ。
「居場所が欲しいんだよ……僕は君も知っての通り虐められてるし、君は父親のせいでクラスの人達に避けられている。でも僕たちが仲良くなれたら、エクステンダーの謎が解けたら……二人のいる場所がそのまま僕たちの居場所になると思うんだ」
居場所がない。その言葉は家に帰ってきても、荒谷の心を燻り続けている。父親は出張に出ているし、母親はもう死んでいる。クラスの連中は自分を避ける。近づいてくるのは親目当て。古川も最初はその一人かと思ったが、彼だけが他とは違う存在だった。彼の話を聞いていたのは荒谷だけだったし、思えば荒谷の話を聞いてくれたのも彼だけだった。彼の告白が荒谷を揺さぶっている。「居場所がない」は今の自分にピッタリの言葉だ。誂え向けの言葉だった。
「行こう」
昼休みの屋上に荒谷の声が微かにこだまする。それが荒谷の出した答えだった。自分の居場所を見つけ出す。荒谷は心のどこかで抱えていた思いを引っ張り出されたのだ。そこへ殉じることにしたのだ。
「どうやって建物に入る?」
「父さんが昔使ってたカードキー、入構システムは昔からのアップデートだからこれでも通せるはずだ。それとこれが何世代か前の会社の見取り図のUSBメモリだ。父さんの部屋から引っ張り出して来た。ジャンク品の中にあるPCを使えば足はつかない。今日行こう」
「どうして一晩で答えが百八十度変わったんだよ?」
荒谷が唯一覚えている母親との思い出がある。母親とどこかの公園の原っぱにいて、二人して横たわって空を見ている。母親はよく「人が幸せになるのは、その人が本当に望む場所にいる時じゃないかしら」と言っていた。荒谷の居場所は母親の隣だった。けれど、その場所はもうこの世界のどこにもない。
「さあな。きっとお前のせいだよ」
そして時は今に戻り、荒谷と古川は停電したARAYA本部の工場を駆けずり回っている。二人とも心臓は早鐘を打ち鳴らし、息切れする様はさながら犬のようだ。とっくに限界は超えている。虫の息になりながらも彼らは互いの意地だけで、その体を引きずり回している。
「古川、何で……こん……な事になってんだよ」
無論、想定が甘かったからだ。ARAYA本部にある電源と予備電源を同時に落とす作戦が成功したところまではよかったが、本部内には警備ロボットが大量にスタンバイしていた。充電中のロボットが動員されることは無さそうだが、警備ロボットはそのバッテリーが続く限り侵入者を追い詰めるだろう。今も赤い目を光らせ、漆黒のホイールを足にして荒谷たちを追いかけている。
「けど、見えた! あの赤い扉がサブコントロール室だよ!」
古川が明るい声を上げる。サブコントロール室。全てのエクステンダーの管理を担っているメインコントロール室を監視、必要があれば介入を行う正にサブの役割を果たしている。
二人がサブコントロール室への扉を見つけると同時に後ろからキュルキュルという駆動音と共に警備ロボットが迫ってきている。彼らが先ほど曲がった角を警備ロボットも曲がれば顔を見られて捕らえられて終わりだ。
「俺が扉を開ける! そしたら同時に入ろう」
荒谷が古川に対して次の行動を指示する。万が一にも警備ロボットに気付かれないよう、声を出さずハンドジェスチャーで行動に移すカウントダウンを行う。
間一髪。二人同時に靴を滑らせて扉へとスライディング、その勢いのまま荒谷の父親が所持していたカードキーをかざしてサブコントロール室へと入る。どうやら警備ロボットには一度も捕まらずに済んだようだ。
「何じゃこりゃ……」
無事にサブコントロール室へ入れてほっとしたのも束の間、荒谷と古川が目を開けるとそこには今まで一度も見たことのない景色が広がっていた。窓は存在しておらず、天井を含めた壁という壁は荒谷達がまるで知らない色で埋め尽くされていた。
「いや、それは白色というんだよ」
否、知っているはずだ。それは白色。赤、青、緑が存在している証。青と緑が失われた世界では到達し得ない色。
「誰だ!」
サブコントロール室内のまた別の扉から颯爽と現れた男性に対して古川の鋭い声が響く。男は車椅子に身を委ね、柔らかな表情を浮かべてこちらを見据えていた。多少老けてはいるが、初老というよりはお兄さんに近い年頃だろうか。荒谷はこの男を知っている、いや、正しくは知っていたと言うべきだろうか。
「父さん……?」
彼は確かに荒谷の父親としての顔を持っていた。しかしその顔は荒谷が知っているものよりも何年か若いものだった。荒谷の父親は目の前の彼に比べれば目つきは鋭く、彫りは深く、にこやかに笑うところなぞ見たことがない厳格な人間であり、彼から感じる雰囲気とは真逆だ。
「確かに私は君の父である
「二十年前!?」
荒谷は彼の言っていることが理解できなかった。彼、仮に
「つまり……あなたはユッキーの父親である荒谷玄徳のクローン体ということですか?そんなものが既に実現していると……?」
「そうか……君が古川将司君か。その通りだよ、私の場合は脳がコンピューターとも繋げられているから電脳クローン体とでも言うべきかな?ほら、この通り」
荒谷玄徳’が車椅子に座ったまま器用に後ろを向くと、その後頭部にはケーブルが繋がっておりそれはそのまま彼が出て来た扉の先へと続いている。となると、荒谷達には当然の疑問が浮かび上がる。
「父さんはここで一体何を……?」
「ああ……その疑問はもっともだがそれを語っている時間は私にも君たちにもない、もういつ電力が復旧するか分からないんだから。私が君たちにしてあげられるのは未来を示し、選択を迫ることだけだ」
荒谷玄徳’はどうやらこちらを思いやって話を急いでくれているようだ。荒谷達は自分達の知りたがっていた真実とやらの一部分を触れることになった。
「このサブコントロール室はもうご存じの通り、入った人間だけは赤と黒と白が見えるようにエクステンダーの色彩システムを書き換えるようにしてある。もちろん、私がその制限を解除すれば他の色も見えるようになる」
ここで言葉に詰まる荒谷玄徳’。彼なりの配慮なのだろう。急いでいる割には言葉を区切る。荒谷と古川はその言葉にじっと耳を傾けている。
「けど、制限を解除すればそれは君たちが危険にさらされることを意味する。この世界はコンピューターウイルスによって一度詰みかけているんだ。制限を解除することはそのウイルスと戦い続けることと同義だ。それにこの街からも追放される、今までと同じ生活なんて無理だ。何も危険がないならわざわざ赤だけしか見えないように細工することはしないだろう?」
「……」
それは荒谷達もある程度は予測していた。勢いだけでこんなところまで来てしまったが、電気系統や警備ロボットの破壊はもう子どもの悪戯では済まされないことだ。制限解除が何を意味するか考えなかったわけではない。しかし、荒谷玄徳’の弁はとても厳しいものだった。
「君たちに選んでほしいのはそこなんだよ。このまま元居た場所へ帰るならそれはそれでいい。ここでの出来事を他言無用にしてくれるなら君たちの生活には何の影響も及ばさないと約束しよう。それでも……それでも制限を解除するのか?何の得にもならないような無駄をしてまで制限解除するのか?」
この世界がコンピューターウイルスに侵されかかっている事実は荒谷と古川に大きな衝撃を与えた。だが、そうでも考えないとこの状況に説明がつかないのもまた事実だった。安全な揺り籠に帰るのか、それとも危険を冒して制限を解除するのか。
否。彼らは既に決断してからここまでやってきた。逆説的だが、彼らがここで踏みとどまれる人間ならそもそもここまで来ていないはずだ。彼らが互いに見合って頷き合えば、答えを出すのにはそれで十分。
「色彩システム制限を解除してくれ、父さん。俺たちはそれでも前に進む」
「ええ。確かに無駄ではありますがちゃんと意味はありますからね。僕たちは僕たち自身の居場所を見つけ出すためにここまで来たんですから」
その答えを聞いた荒谷玄徳’は、ほっとしたように細く長く息を吐きだした。朗らかな笑顔を浮かべ、その目じりには1つの水滴が付いている。
「そうか……安心した。それじゃ君たちをここから逃がす、後は頼んだよシックス」
荒谷玄徳’は左手の指をパチンと鳴らした。それがエクステンダーの色彩システム制限解除の合図だった。と言っても、サブコントロール室はその全てが白色で構成されていたので、変化があったのは荒谷達の顔や服から赤みが抜けただけだった。それでも、彼らにとってはとてつもない変化だった。何せ急に青色やら肌色やらの見たことない色が出て来たのだから。
それと同時に彼が出て来た扉から一人の少女が滑るように出て来た。シックスと呼ばれたその少女は、黒とオレンジで統一されたデザインの服装に銀髪のショートヘアを携えていた。
「こんにちは、ゲントク。先ほど仰っていたマスター変更処理を実行するのですね」
「そうだ。私は自らが持つマスター権限を放棄し、荒谷祐樹を仮マスターに指名する。荒谷祐樹の同意を持ってマスター変更処理を実行するものとする」
「了解しました、では今後はそのように行動するものとします。長い間、ご苦労様でした」
「ありがとう、まあまだ一仕事残っている状態ではあるけどね」
荒谷祐樹の耳に入り込んできた会話の内容は、彼にはほぼ分からないものだった。でも、目の前にいるクールビューティーな女の子のマスター?とやらに指名されたことだけは分かった。
「はあ!!? どういうこと!?」
「グダグダしてないで、サッサとついて来てください」
何故か、荒谷には厳しい態度で臨むシックスさん。
「言っただろう、私も君たちも時間がないと。後のことは彼女に一任している。早くこっちに来てくれ」
荒谷玄徳’に急かされて、彼が出て来た扉へと入る荒谷達。そこは先ほどまでいた部屋とは真逆で黒塗り一色に統一されていた。その部屋の奥には筒状にデザインされた一面ガラス張りのエレベーターが鎮座している。
「さあ、これに乗って脱出だ。ここから先は君たちの番だよ」
荒谷玄徳’の言葉でもう彼に面と向かって話せるのはこれが最後だと察した荒谷達。言わば彼は二人をここまで導いた縁の下の力持ちだった。
「とりあえずありがとう、父さん。シックスさんの事はまだよく分からないけど、俺が生まれる前の父さんに出会えて……嬉しかった。後は任されたよ」
「僕も心からの感謝を。僕にエクステンダーについての疑問を投げかけてくれたのはあなただったんですね」
古川のセリフに苦笑気味な荒谷玄徳’。どうやら、ぼんやりとはこうなることを予測していたようだ。
「ああ、さすがにバレた?まあ、どちらにしろ私の役割はこれで最後だ。後は君たちに託すよ。祐樹、君のお父さん、って言うのもおかしな話だけど彼の口癖は覚えているかな?」
荒谷はその口癖に覚えがあった。彼の父である荒谷玄徳が帰ってくる度に呟いていたからだ。何度も何度も何度も何度も。その声は彼の脳に染みついている。
「はい。父は『これではダメだ、全てが上手くいくわけじゃない』と会うたびに言っていました」
「うん、その通りだ。けれどそれには続きがあってね。私がそう言うとね、私の妻がこう返すんだ『それでも、前に進まなくちゃ何も変わらないでしょ』ってね。君の答えを聞いた時に、私はその事を思い出したよ。できれば……いつまでも忘れないでいてほしい」
「はい、必ず」
荒谷祐樹は涙がこぼれそうになるのを、グッと堪えてかつての父の姿を目に焼き付けた。文字通り、自らが息絶えるまで忘れないように。
その言葉を最後に荒谷祐樹、古川将司、そして謎の少女シックスを載せてエレベーターは宙へと飛びだっていく。地上に残された男はもう話すことなど無いとばかりにゆっくりとその目を閉じた。
俺は一人だった。けれど、今は三人で仲良くエレベーターに乗っている。やがて、プシュッという爽快な音と共に停まったエレベーターから降りるとそこはARAYA本部の屋上だった。遠くに見える地平線には朝日が昇り始めている。言葉に言い表せないほどの景色だ。ずっと朝日と夕焼けは同じものだと思っていたが本当は全然違うものだったのか。エレベーターに乗っている間にシックスさんから教わった色である青がその空間を占めていた。
「行くよ、相棒」
いつから相棒になったのか分からない古川が拳を突き出してくる。けれど、今はその信頼が風のように心地いい。シックスさんは出会った時からのすまし顔でさっさと先に進んでいる。仲良くなるにはもう少し時間がかかりそうだ。
「ああ、行くぜ相棒。この先へ!」
俺の右拳を奴の左拳にぶつける。俺はもう、一人なんかじゃない。
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