第7話 7.5歳

 突然だけどこの世界にはエネルギーを蓄える石が存在する。


 電気が通っているようには見えないのに、特に不便さを感じない。蝋燭は不要だしトイレは水洗。蛇口をひねれば水が出る。お湯を沸かすには少々時間はかかるけど、お風呂に入るときもわざわざキッチンでお湯をわかしてバスタブに溜めるような手間は不要だ。


 この国のインフラはどうなっているんだろう? と思っていたら、そこは異世界らしい方法で解決されていた。


 正確なからくりはわからないけど、水晶のような石を充電式で使いまわしているらしい。乾電池の強力版みたいなものだろうか……その石をはめ込んで接続して、いろんな場所で使用している。ただ充電式なので半永久的に使用できるわけではなく、定期的に専門店で水晶を交換する必要があるのが不便だけれど、それは仕方ないだろう。


 魔法がない世界のはずなのに、こういうところって生活魔法の応用っぽいなぁと思うけど、余計な質問は身を亡ぼすかもしれないので黙っておく。元の世界の常識を持ってきたら怪しまれるかもしれないので。




 さて、エネルギーの問題が特にないのであれば、食材の保存や冷凍も何らかの方法で賄っているのだろう。冷蔵庫や冷凍庫と似たようなものがあるかもしれないと思った通り、屋敷のキッチンに行ったら冷蔵室が存在した。


 キッチンに隣接した小部屋が丸ごと冷蔵室になっているとか、さすがに思わなかったけど。


 氷のエネルギーを石に閉じ込めて動力源としているそうだが、見れば見るほどファンタジーである。水色の水晶がどういうからくりで部屋を冷やしているのか不思議でならない。




「ここで食料を保管しているのね」


「はい、鮮度を保つために一定の温度に設定していますよ」




 先代公爵の代から我が家に勤めている料理長がにこやかに説明してくれる。壮年の男性だが話しやすくて感じがいい。


 私が屋敷内をうろうろするのはいつものことだが、キッチンにひとりでやってきたのははじめてだ。なにせ広いし、忙しい使用人の彼らを邪魔したくない。料理長ともこうして話すのははじめてのことだった。




「ひとつお願いがあるのだけど」


「はい、なんでしょう。なにか食べたいものでもございますか?」


「皆さんが休憩時間のときとか、邪魔にならないようにするので少しだけ私も料理をさせてもらえないかしら」


「お嬢様がですか?」


「そうよ」




 一般的な貴族令嬢が料理などしないのだろう。多分詩集を読んだり花嫁修業をしたり、家庭教師にあれこれ教えてもらうことはあっても、料理は料理人の仕事だと弁えている。


 でも貴族令嬢が料理をするのは絶対ダメではないのなら、ぜひとも挑戦したい。平和で平穏な人生を送るために、悪魔の舌を虜にする料理を作りたいのだ。




 この国は美食の国としても有名らしく、食材が豊富だ。豊穣の女神を崇めているだけあり、土壌が豊かなのだろう。料理長も若かりし頃はあちこちの国で修行を積んだそうで、父は彼の作る料理を気に入っているらしい。


 悪魔も人間の食べ物を好むのか……と思ったが、味覚があるのなら不思議なことではなかった。ある意味美食の国だから、この地に降り立ったのかもしれない。(確認してないけど)




 もしも父が言うように悪魔は創造性を持たないのであれば、私が新しい料理を作ることでただの人間だと認定してもらえるかもしれない。悪魔の血には目覚めていないという証明になるはずだし、味を気に入ってもらえたら「このまま観察を続けてもつまらんな、殺すか」みたいな非道な結末は避けられるはずだ。……なんだかめちゃくちゃあり得そうで怖いが。


 親子の愛情を悪魔に期待しても無意味だと思うので、自分の身は自分で守らなくては……そのためにも、私という価値をどれだけ高められるかが大事だ。


 こんなことを七歳で気づけて拍手したい。これからの身の振り方をいくらでも調整できるのだから。




「お嬢様にはまだ早いかと……旦那様の許可を得てからでしたら検討しますが」


「お父様に内緒で作ってあげたいの。包丁も使わないし、ひとりでは火を使わないって約束するわ」




 ダメ? とおねだりポーズをしてみると、料理長は腕を組んで考えこんだ。


 これでダメならレイナートを味方にするしかないな……彼なら私の好きにさせてくれそうだ。面白そうだからという理由で。まあ、実際は異母兄も私を観察しているのだろうが。




 結局レイナートも巻き込んで、料理長からの許可を得られた。


 彼らが忙しい時間帯はキッチンに入らないことと、包丁はまだ早いため使わないこと。あと火を使うときは大人が同伴することを条件に。


 となると、簡単なお菓子作りくらいしかできなさそうだ。


 幸い、この国の食材はほとんど元の世界と似通っている。たまによくわからない野菜や果物が出てくるけれど、バターやチーズなどの乳製品や、卵と砂糖は普通に手に入る。あと多少失敗しても懐は痛まない。フードロスは極限まで出さないようにするけども。




 そんなわけで、悪魔の胃袋を掴んでおくべく私が最初に作ってみたのはプリンだった。


 プリンは卵、砂糖、牛乳があればできるシンプルなお菓子。純恋のときも、よく自宅のアパートで作っていたっけ。メープルシロップを使ったり豆乳でヘルシーにしてみたりとアレンジが利いて飽きなかった。




 キッチンには計量カップがあった。単位が違うかもしれないけれど、多少のズレは仕方ない。カラメルソース作りのときはメイドのリリーに火加減を見てもらい、プリンを蒸すときも同じく手伝いをお願いした。


 プリンを入れるちょうどいい器探しは手間取ったけれど。なんか高そうな食器ばかりで正直割ったら怖い……でも食器棚の奥から頑丈なガラス製の容器を見つけられた。


 器探しだけでも一苦労だ。子供の身体であれこれするにはちょっと大変だなと思ったけれど、いずれ慣れるだろう。




 出来上がったプリンは六つ。私、リリー、料理長、レイナートと両親用に。試作品は三つくらいでいいかと思ったけれど、ガラスの容器にプリン液を入れたら六つでちょうどだったのだ。


 見た目はめっちゃプリンだった。ちょっと卵の色がオレンジっぽいけれど、全然アリだ。


 粗熱をとって冷やしてからリリーと味見をする。卵の味が濃厚で、純恋が作っていたプリンよりも高級な味がした。




「おいしいですわ、お嬢様」


「ほんと? よかった」




 後片付けまで手伝ってくれたお礼を告げた。洗い物をするまでが料理なので、自分でやらないといけないけれど、食器を片付けるのはさすがに手が届かない。子供の身体で大人用のキッチンを使うのは容易ではなかったようだ。




 マルルーシェに生まれてからはじめてのプリン作りはうまくいったと思う。改良の余地はあるが十分おいしい。料理長にも食べてもらったら、目を丸くしていた。どうやらこの世界にプリンは存在しないらしい。そういえばお菓子と言えば飴やクッキーとか、しっかりスポンジが焼かれたケーキが主だった。




「これはなんという食べ物でしょうか」


「プリンよ」


「はじめて聞きますね……」




 しまった、当然のように答えたけれど今のはよくなかった。




「えっと、プルプルしているからプリンって呼ぶことにしたの」


「それでしたらプルンではないのですか?」




 リリーがもっともらしい指摘をする。




「プルンだと捻りが足りないかと思って」


「なるほど、さすがお嬢様ですね」




 なんだよ、捻りって……。プリンの語源を知らないため適当なことを言ってしまった。


 あとこの屋敷の人たちは基本私に甘い。なにをしても褒めてくれるから自己肯定感がとっても上がる。私は私に甘い大人が大好きだ。




 その日の夜。夕食後に両親とレイナートにプリンをあげた。


 私が作ったデザートだと知ると、母はとっても驚いて「天才だわ!」とほめちぎってくれた。照れくささと同じくらい罪悪感が刺激されたのは仕方ないと思う。それは元の世界ではとってもメジャーな食べ物なのだよ……。


 そして父は、カラメルソースの苦味と甘味が気に入ったようだった。




「うまかった」




 まさかの褒め言葉がでてきて驚いてしまった。


 悪魔の味覚にもぴったりだったようで、恐るべしプリン。




「だが量が足りぬ。これでは物足りない」


「では次は、もう少し大きな容器で作りますね」


「プルン用の容器がないなら好きに購入していい」


「ありがとうございます。あとプリンです」




 容器はレイナートに相談しよう。


 ちなみに彼もしっかり完食していた。悪魔は甘党なのかもしれない。




「何故これをプリンと呼ぶ。プルプルしているならプルンだろう」


「はい、ではプルンです」




 捻りがないから却下した呼び名を気に入ったようだ。


 私は長い物には巻かれる女である。一度社内で却下したネーミングを得意先が気に入ったのであれば、そちらを採用するくらいのフレキシブルさはある。




 結局この世界ではじめて作ったプリンは「プルン」と呼ばれるようになった。


 なんか元の世界ごめん、と心の中で謝罪した。




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