悪魔の公爵令嬢は平穏な人生を送りたい~魔女狩りENDはごめんです!

月城うさぎ

第1話 プロローグ

 振り返ると私、影丸純恋かげまるすみれの人生はなかなかにハードモードだった。

 幼い頃に両親と死別後、親戚中をたらい回しにされてどこにも自分の居場所はなく、学生時代はバイト三昧。


 青春というものとは無縁なまま勉学とバイトに明け暮れて、頑張って就職した会社はわずか三カ月で倒産。社長が夜逃げをして給料は未払いという最悪な状況で、なんとか派遣社員として働いて生計を立ててきた。その後転職し、ようやく正社員で採用された会社は上司のパワハラがひど過ぎた。


 俺様で横暴な上司に振り回され続けること約三年。頭に十円禿げができて目が覚めた。

 これはいけない。これ以上我慢なんてできるわけがない! 


 引きとめてくる人事部長や同僚の手を必死の思いで振り払って退職し、しばらく心身を整えてからようやく就職活動を再開。


 学生時代から時間ができれば節操なく資格を取りまくっていたおかげで、一応希望通りの職はあった。転職エージェントの千本松せんぼんまつは少々連絡ミスが多くて頼りないが、いくつかの企業を紹介してくれて面接が設定された。


 そして今日、都心の高層ビルにある海外の企業と面接が入った。


 前職が役員秘書だったことを買われて、海外から来られる役員のアシスタントがほしいとのことだったが、千本松から詳しい説明がなかった。


 『行けばわかるので!』とだけ言って全部丸投げだったんだけど、いつかあいつの上司に説明が雑じゃないかとチクってやりたい。


 緊張しながら案内された会議室にて、人事課長との面接が始まった。

 簡単な自己紹介とこれまでの経験を話すと、公務員のように真面目そうな人事課長は私の履歴書をじっくり眺めた。


「――なるほど、秘書検定の資格もお持ちで経験も職歴も申し分ない……臨機応変に対応できるスキルはあなたの強みですね」

「ありがとうございます」

「あなたは即戦力としてすぐにでも働けそうですね」

「そうでしょうか? だといいのですが……」

「はい、では今からお願いしますね」

「……え? 今から!? でもまだ一次面接ですよね?」

「仕事は真面目で丁寧で、なによりガッツがあると千本松さんにお墨付きをいただいているので」

「ガッツ……?」


 根性を見せる職場ということ?

 ……どうしよう。ブラック企業だったんじゃないか、ここ。


 担当の千本松が持ってきた中でも一番気になるところだったのに、雲行きが怪しくなってきた。


 あの男、私の根性をどうやってアピールしたんだろう。根は悪い奴じゃないと思うけど、余計な一言が多いというか、プライベート重視のパリピって正直苦手な人種で仕事以外だったら関わりたくない……。


「あの、もう少し業務内容についてお伺いしてからにしたいのですが」

「そうですね……フレキシブルに働けて、退屈しないフリーダムな職業ですよ」

「はい?」

「衣食住は保証されてて、三食昼寝付きです」


 クイッと眼鏡を上げた人事課長がとてつもなく胡散臭い。

 この案件は危険だ。逃げるなら今しかない。そもそも三食昼寝付きなんて家政婦の面談だったっけ?


「せっかくのお話ですが……」


 中腰で席を立とうとすると、また突拍子のない質問をされる。


「でも丸腰なのは私の良心が痛むので、なにかほしいものはありますか?」

「え、ほしいものとは?」


 丸腰じゃ危険……まさか私、裏社会にでも売られるの!?


 顔を青ざめさせながら「武器の扱いなんてわかりませんので結構です」と馬鹿正直に告げると、彼は笑って首を振った。


「特にないようなら私の方でいくつか授けておきますね。記憶はこのままで、言語も問題なくしておきましょう。細かい作業は得意なので、このくらいは朝飯前です」

「なんだかよくわかりませんが、もう結構です。この話はなかったことに……!」


 なにを言っているのかよくわからんから逃げよう!

 急いで会議室の扉を開くと、ものすごい暴風に襲われた。


「それでは影丸さん、グッドラック! ……楽しい来世を」

「……え? な、なんですって!?」


 風にかき消されて最後の台詞が聞こえなかった。

 扉を閉めようとするも身体が宙に浮いて、扉の外に放り出される。


「~~ッ!?」


 高層ビルの一室にいたはずなのに、気づけば雲の上だった。スカイダイビングのように身体が落下する。

 口を開けたら絶対舌を噛む! 

 当たり前だが重力に逆らうことなどできず、履いていたパンプスはとっくに脱げていた。

 肌を無遠慮に撫でる空気がものすごく痛い。痛覚があるのに夢なのか現実なのかもわからない。

 あ、これ絶対死ぬじゃん……むしろ今まさにあの世にいるのでは……!?

 人は本当に驚いたときは叫ぶことも声を出すこともできないらしい。


 意識を失う寸前に思ったことは、即死でありますように……だった。


 ◆◆◆


 衝撃を身構えてからどのくらいが経っただろう。

 優しい声に導かれるように目を開くと、私の顔を覗く美女がいた。


「お目覚めですね、お嬢様」

「ああぅ?(お、お嬢様……?)」


 誰のことだろう。そして何故私は寝かされているんだろう。

 身体を起こそうとしても起き上がれない。ぼんやりと、視界の先に入った手は、小さな紅葉のようだった。


「(え、ええ!?)」


 目が覚めると身体が縮んでいた。……のではなく、赤子になっていた。

 しかもまだ寝返りが打てるか打てないかくらいの、小さな身体だ。


「お嬢様、今日はご機嫌にお喋りしてますね」


 私をお嬢様扱いする美女は、ミルクティー色の髪と灰色の目をしている。日本にいたら確実に日本語がお上手ですね、と言われてしまうような外国の方にしか見えない。


 これは一体どういう夢なんだろう……?


 もう一回寝たら夢から覚めるだろうか。でも美しい女性からお嬢様って呼ばれるのも気持ちいいかも……とか考えながら、私はもうひと眠りすることにした。




*********


千本松「あっれ~? まさか影丸さん、まだご自分が生きてるって思ってました? うっそー! 僕ちゃんと言いましたよ! 「あなたはとっくに死んでいる」って。だってうちって来世の転生先を決めるエージェントですし~。……え? 本当に言ったのかって? ヤダな~そんな初歩的なミスを僕がすると思います? ……前科がある? お客様からのクレームが? ありましたっけ。記憶にないっすね~ハハハ」

→三カ月減給処分

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る