第3章 Aランカーへ
第35話 迫る期日
王都北西デマルーン湖の洞窟、地下三階ーー
「よし、上出来だ」後ろで見ていたマルクがティムを褒めた。「馬鹿の一つ覚えみたいにメイスを振り回す癖は減ってきたな。それに、ちゃんと柔らかい腹の部分を切って一撃で仕留めてる。適切な武器で、適切な部分を攻撃する。戦闘の基本だ」
「先生の教えがいいからね」ティムはナイフの血を拭うと鞘に武器をしまった。「今まで自分がどれだけ力んで戦っていたか痛感するよ」
「それが解ってきたなら伸びてる証拠だ」マルクは笑みを浮かべると奥へ向かって首をしゃくった。
「さあ、もうすぐ洞窟の一番奥だ。あんまり待たせてるとメディナの奴が怒り出すぞ」
洞窟の最奥部には地底湖があった。アメジストのような紫色の岩盤の下に、透き通るシアンブルーの水面が静かに波を湛えて視界のずっと向こうまで広がっている。湖の中央には小さな島があり、祭壇のようなものが見える。島までの橋はかかってなく、湖のほとりでメディナがこちらを見ながら二人が来るのを待っていた。
「事前調査はもう終わってるわーー準備はいいわね」
ティムは頷くとメディナの隣に立ち、魔法の詠唱を始めた。緑色の魔力が全身を包み込むと、そのままの状態で湖に向かって歩き出す。ブーツの底が水面に触れた瞬間、足元から魔力の風が吹き出してティムは水に沈み込むことなくその場に浮遊した。風が、ババババッ、という音を立てて水を弾き続けている。ティムはゆっくりと水面の上を歩いていった。
島に近づくと水底に黒い影が見えた。目をこらすと、それは人間の骨や紫色に変色して腐り果てた死体だった。ティムは再び島に目をやる。ーーまさか、罠があるのか?
ティムはポケットから前もって拾っておいた小石を手に取ると島に向かって投げつけてみた。しかし、小石は音を立ててそのまま地面の上に転がっただけだった。
しばしその場で思案してみた後、はっと気がついたティムは小さな魔法弾を作り出すとそっと島の方へ向けて発射してみた。ふらふらとまるで人魂のように揺れながら島に近づいていった弾だったが、島の領土に差しかかった途端、突然何もない空間から無数の魔法の光線が降り注ぎ、瞬時に弾は消し飛んだ。
やはり魔力感知型の罠だったか。そのまま上陸してたらバラバラにされるとこだった。
ティムは胸を撫で下ろすと魔法を解除して水の中に静かに着水した。極力波を立てないように島に近づいてから、慎重に島に上陸した。やっぱりだ。魔法を使って小賢しい真似をしようとする人間を粛清する目的で罠は張られていたに違いない。この島では魔法は使えないな、と肝に命じると、ティムは祭壇の階段を登っていった。
祭壇上部の中央には古びた宝箱がぽつんと置かれていた。マルクやメディナが何も言わないところを見るに、おそらく罠はない。ティムは宝箱の蓋に手をかけるとゆっくり開いていった。
しかし、中には何もなかった。おかしい。確かにこの中に目的の品『守護聖人ヴィキアのゴブレット』があるはずなのだが。もう一度くまなく宝箱の中を探し回るが、どう見ても何もない。ティムが諦めかけたそのとき、宝箱の底の隅の方に文字らしきものが刻まれているのを発見した。この国の言葉ではない。これはルーン文字だ。
ティムはルーン文字を解読した。文章は "真実とは時には目に見えないものだ" と読めた。どういうことだ、と訝りながら空の宝箱に手を入れて中をまさぐってみるが相変わらす何もない。しばらく宝箱をあらゆる方向から観察した後に、まさか、と思ったティムは宝箱を担ぐと急いで祭壇から降り始めた。
そして島から完全に脱出した瞬間、宝箱の蓋が勝手に開いて中からまばゆい光が放たれた。光が収まった後、宝箱の中を見ると、聖人達が一同に会する絵が描かれた銅製のゴブレットが転がっているのが見つかった。
なるほど、島の内部全体が魔力装置になっているから、外へ出た瞬間に仕掛けが解け、ゴブレットが出現したというわけかーー。ティムはゴブレットを手に取ると、水の中で一人唸った。ふと沿岸の方を見ると、マルクとメディナがこっちを見つめながら親指を立てている様子が見えた。
♢♢♢
「しかし、随分板についてきたじゃないか」ギルドで報酬を受けとりながらマルクがティムに言ってくる。「戦闘の基礎に周囲の地形や罠の探索。試験に要求されるレベルは優に満たしてると思うぜ」
「古代文字の解読も及第点ね」メディナが冷静な声で言った。「まだ微妙なニュアンスに不安が残るけど、文章の本旨を理解するのは以前よりずっとうまくなったわ」
「そりゃ依頼のときでも毎日時間をとって勉強してるからな」
石畳の上を歩きながらティムは嬉しそうに言う。「目に見えて結果が出ればやる気にもなるってもんさ」
メディナは目を伏せて笑った。「気づけばあなたがうちに来てからもう半年以上か。この仕事をやってると、時間の流れの速さを感じてしまうわ」
メディナの言葉にティムは頷く。
ティムがクラン "黒の白" に加入してから早九ヶ月が過ぎようとしていた。その間にマルクとメディナはAランクの試験を受けて無事合格し、ティムもDからCランクへ昇格を遂げていた。
ウォルド村の依頼の後も積極的に仕事には参加していたが、大半は輸送や探索などの簡単な依頼の仕事だった。どうやらクラン全体でティムを一人前の冒険者として育成する方針に転換したらしく、戦闘よりも知識や技術、経験を磨くような機会が多い気がしている。おそらくそれはティムがマルク達に自分の目的を打ち明けたことが影響しているのだろう。
「なあ、率直にいってどうだ?俺は三ヶ月後の試験に合格できるだろうか?」
ティムは二人に訊ねる。次の試験が最初で最後のチャンス。しかも、CランクからAランクへ飛び級で受験する試験だ。やれることは毎日やってはいるが、不安がないと言えば嘘になる。
「ーーやはり、戦闘能力の不足がネックになってくるだろうな」
「うん。私もそう思う」
二人は声を揃えて言った。
「いくら他の部分が大丈夫でも、まず後半の実技試験の結果で落とされることになる」
Aランクからは受験生同士の試合形式での実技が試験内容に組み込まれていた。大半が冒険者として十年以上のキャリアを持つ受験生達は皆一様にかなり高い水準の実力を持っているとみて間違いない。ティム自身もそこが一番の不安要素であると感じている部分ではあった。
「今からでもできることはないかな?」
マルクは顎に手を当てながら真面目に質問に答えようとする。
「うーん、こればっかりは中々難しいな。地道な鍛練が必要だし、第一俺はあんまり教えるのがうまくないしーー」
「デイオルグに教わったらどう?」
メディナの出した助け船によって、マルクの顔にぱっと明かりが射した。
「そりゃいい考えだ。確かあいつ、二日前に王都に戻って今は休暇中だって言ってたよな。試しに頼んでみろよ。俺なんかよりずっとうまく教えてくれるぜ」
♢♢♢
本拠地に戻ったティムは一度自室に戻ると練習着に着替えて中庭に向かった。二人の話によるとデイオルグはいつもそこで鍛練をしているのだと言うがーー。
渡り廊下の扉を開くと中庭の井戸の前で一心不乱に剣を振っている男がいた。男は金色の短髪に鍛え抜かれた体をしており、上半身裸の状態で全身から滝のように汗を流している。男はティムの存在に気がつくと井戸の縁にかけたタオルを取り、汗を拭きながらこちらへ歩いてきた。
「やあ、ティム。久しぶりだな」
男は快活そうな笑顔を見せた。男の名はデイオルグ=オース。このクランで二番目の古株にして二番目の実力者。しかし、そんなことは鼻にもかけない鷹揚さとどこか品のある佇まいが彼にはあった。
「ああ。戻ってたんだな、デイオルグ」
ティムはデイオルグとはまだ二、三度簡単な依頼で行動を共にしたぐらいの仲でお互いのことを詳しく知らない。だから、これを機にもう少し彼のことを知ることができればいいな、という思いもティムにはあった。
「デイオルグ。不躾なお願いなんだが、俺に戦闘技術を教えてくれないか?」
「どうしたんだ?急にまた」
「三ヶ月後の試験に間に合わせるためにできることをやっておきたいんだ」
ティムがそう言うとデイオルグは頭を掻いた。「前にも確かにそういうこと言ってたなぁ。……よし、わかった。俺のできることなら協力しよう」
「本当か!?ありがとう、助かるよ」
デイオルグは体をくまなく拭き上げると体を冷やさないように上着を着た。その間にティムも軽く体を動かして練習に備える。ティムと向かい合ったデイオルグは少し罰の悪そうな顔をした。
「……といっても俺もあまり人に教えたことないんだがな」
「別によそ行きの珍しい技を教えてほしい訳じゃないんだ。デイオルグが普段大切にしている基礎的な技術を教えてくれ」
急がば回れ、じゃないが、その方が確実に実力が伸びる、という確信がティムの中にはあった。そういうことなら、とデイオルグはようやく本題に入り出した。
「とりあえず、基礎の基礎は今回省くとしてーーティム、お前はエンハンスとエンチャントの違いを認識しているか?」
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