第27話 新世代の悪魔

 その魔物は今まで三人が見たことのある魔物のどれとも異なる外見をしていた。うなじまで垂れ下がった長い耳を持ち、ごわごわした白い体毛で全身を覆っているその見た目はどこか兎を彷彿させた。しかし魔物は二足で立ち、背丈はティムやマルクとそう変わらないほど大きい。そして何よりも特徴的だったのは黒目の小さな四白眼だった。すべてを呪うような濁った目をしており、黒い唇に囲まれた口元には薄ら笑いを浮かべていた。その隙間から針のように鋭い無数の歯が覗いている。


「ほう。まだ屋敷内に人間が残っているとはな」

 魔物は流暢に人語を話した。しかし声帯にヤスリをかけたようなその声は聞く者をすぐに不快にさせる。


「貴様、一体何者だ」

 マルクは魔物に訊ねた。三人とも既に戦闘態勢を取っている。経験が彼らに危険を告げていた。


「無礼者が。ケリチュット様に何て口の訊き方だ」

 魔物の小脇に抱えられていたのはウォルターの生首だった。生前の優しげな美しい顔が見る影もなく、歪んだ笑みを浮かべて両目を赤く光らせている。


「!……オルガさん……」

 首のない騎士が引きずっていたのは女使用人長のオルガの死体だった。全身を滅多突きにされて血まみれになっており、後ろの廊下に血の帯の跡がずっと残っていた。オルガは虚ろな目でどこか遠くを見つめており、決してもうダホス家の行く末を見守ることはない。ウォルターが手を放すと、オルガは音を立ててずた袋のように床に崩れ落ちた。


「お前、自分が何をしているのかわかっているのか」

 無駄だと知りつつもティムはウォルターに訊ねずにはいられなかった。小さい頃から世話を焼いてくれたであろう彼女を、ウォルターは無慈悲にも惨殺せしめたのだ。


「ダホス家など滅べばいい」ケリチュットの脇でウォルターが呪いの言葉を吐いた。「強欲な兄貴達も、人間以下の畜生のような父も、それらを黙認してきたあいつらも、みんなみんな滅んでしまえばいい」


 あの柔和なウォルターの内側でこれほどの憎しみの炎が燃え盛っていたことを知り、ティムは思わず戦慄を覚えた。長年の鬱積した恨みが、堕落者となって解放されることで禍々しい存在へと彼を変貌させてしまった。こうして対峙しているだけでも、刺すような殺気にティムの足は今にも震え出しそうなほどだった。


「質問に答えろ、化物」

 マルクは毅然とした態度で魔物に言い放った。再びウォルターの生首が抗議の声を上げようとしたが、ケリチュットはそれを制して語り始めた。


「私の名はケリチュット。"新世代の悪魔フォルドビュアル" の内の一人だ」

「新世代の悪魔、だと?」

「近年台頭してきたと言われる新種の悪魔達の総称ね」

 聞き慣れない言葉に驚きを見せるマルクにメディナが説明する。


「遠い昔、英雄達と魔族の神との最終戦争が起こり、勝利した英雄側ーーつまり人間が地上を支配することとなった。一方で魔物達は淘汰、駆逐されていってその種や数をどんどん減らしていって、今では当時の四パーセントほどの種しか残っていないと言われているわ」


「生物多様性の減少みたいなもんか」思わずティムは口を挟む。そうしないとこの異様な雰囲気に耐えられそうになかった。


「ええ。しかし、そんな時代の流れに逆行するように独自の進化を遂げた強大な力を持つ魔物達が各地で目撃されるようになった。それが新世代の悪魔よ」


「ご説明ありがとう」ケリチュットは慇懃にメディナに礼を言った。

「まだ東の大陸でしかほとんど目撃例がないはずなのに、まさかこんなところでお目にかかるなんてね」

 メディナの額から汗が滲むのを見てティムは驚く。まさか、さっきあれほどの戦闘力を見せた彼女がこの魔物一体に気圧されているのか?


「それよりもこんなところでゆっくりしていて大丈夫なのか?ーー外の様子が何だか騒がしくなってきたようだが」

 ケリチュットが薄気味悪い嫌な笑みを浮かべる。一体何のことだ、と訝るティムの横で、メディナがはっと何かに気づいた顔をする。


「ーー貴様!」

 メディナはケリチュットを睨みつけるとすぐに踵を返し、入口の方へと駆け出した。そして外へ出ると同時に、横向きに浮かべた杖の上に腰を下ろすと勢いよく空へ向かって飛び立った。

「『飛翔フライバイ』!」


 たちまち地面が遥か下に遠ざかっていき、メディナは屋敷の上空へ到達した。そこから村全体の様子を見下ろす。

 村のあちこちからは炎が上がっていた。既に全焼して隣に燃え移りつつある場所もあり、村は火の海になりつつある。ウォルド村が地獄に化そうとしている。


「ーーあの、クソ野郎!」

 メディナのこめかみに青筋が浮かび上がる。メディナは急降下すると再び屋敷の中に入っていった。戻ったメディナは杖から飛び下りるとマルクに告げた。


「村が燃えてるわ。まさしくと同じ状況になりつつある」

「何……?」

 伝播するようにマルクの顔にも怒りが浮かんだ。「ーーそうはさせるかよ」


「ティム、お前は村へ行け!」

 マルクの鋭い指示が飛んだ。「火を消して、一人でも多く村人を助けるんだ!任せたぞ!」

「しかしーー」

 目の前の強敵にこそ自分の力が必要なのでは、という考えもティムにはあった。どう見ても、無傷で済みそうな相手ではない。


「いいから行って!」

 メディナからも声がかかる。彼女の横では、既にアニメートで命を吹き込まれたエリスが剣を構えていた。

「ーーわかった」


 足手まといになる、と直感したティムは、歯を食い縛ると屋敷を離れることを決意した。悔しいが、これが今の自分にできる精一杯の役割だと思った。

「おい、あんた!俺と一緒に来てくれ!」

「は、はい!」


 ティムは使用人の男を連れてダホス家の屋敷を離れていった。






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