第19話 宵闇の殺人鬼

 ティムとメディナは外壁から降りると人気のない方向へ歩いていった。メディナが魔法でレックスの声を小さくしてここに届けてくれるという。さすがにあの大音量で話をされると困りそうだったので、助かった、とティムは思った。早速ティムは外壁に向かって話しかけてみる。


「レックス、お前は犯人を見たのか?見たならどんな特徴をしていたか詳しく教えてくれ」

「もちろん見たとも」レックスは得意気に答えた。「意識して見るようになったのは二人目の被害者のときからだな。犯人はおそらくすべて同一の人物だった」

「おそらく?」


 レックスは申し訳なさそうに言った。「実は俺は今、あまり目が見えないんだ」

「おそらく左目にあたる美術館の老朽化が進んでいることが原因ね」とメディナが補足する。「近々取り壊しがあるみたいだから、その頃にはレックスは目が見えなくなる」

「まあ、しばらくすれば別の『目』ができるがね」レックスは明るく言った。


「残念ながら犯人の顔は見てないんだ。暗がりの上に顔を隠していたからね」

「顔を?」

「ああ。何かで覆っているみたいだった」

「他には?」


「朝だか昼だか夜だったか、時間帯は定かではないが、宵闇以外の時間帯にも街で見かけた記憶もうっすらとある。そのときも同じように顔を隠していたが、他の人間に見とがめられている様子はなかったなぁ」

「……なるほど」


「他にも、いわゆる性的な行為に及ぶ気配というのも感じられなかった。普通、女性が被害者の通り魔なんかはそれ目的であることが多いだろ?しかしそんな様子ははなから見受けられなかったな」

 この辺りは資料の情報とも一致している。


「そうだ!南西区画付近で犯人の姿を何度も見た記憶があるぞ。殺人があったときにも、それ以外のときにも」

 なるほど、これは有力な情報かもしれない。ティムの中でおおよその犯人の目星はつき始めていた。


 その後もいくらか質問したが、それ以上の情報を得ることはできなかった。

「すまない。普段から見ている人物や事件が多すぎて、そいつに関して覚えてるのはこれぐらいだ」

「いや、助かったよ。おかげで何とかなるかもしれない」


 レックスの嬉しそうな声が聞こえる。「そいつはよかった。また何か訊きたかったらいつでも呼んでくれ」

「ああ」

「久しぶりに人と話したら疲れたよ。それじゃあな…………」


 そう言ったきりレックスは喋らなくなってしまった。隣でメディナがふう、と息を吐く。

「……もしかして、あんたの仕業か」

「よくわかったわね。これは生命脈動アニメートの魔法。無機物に一時的に生命を付与して情報や助力を得ることができる」


 ティムは空を見上げた。空には薄雲がかかり、空の色味に淡い赤が混ざり始めた。こうしてはいられない。急いで最後の準備に取りかからないと。

 そう思いながら隣を見るとメディナは既にこの場から姿を消していた。


 ーーちくしょう、あくまで力を貸す気はないってことかよ。せっかくちょっと協力してもらおうかと思ってたのに。

 潔く諦めるとティムは次の場所へと向かっていった。不本意だが、他に頼れる人間がいない。


「わ、私にーー?」

 エリーは自分を指差しながら驚いてみせた。その隣ではファバルが腕組みをしたまま険しい表情で話を聞いている。

「ああ、連続殺人犯を捕まえるためにどうしても必要なことなんだ。俺の命に代えてもお前を守りとおしてみせる。だから頼む、捜査に協力して欲しい」


「……………………」エリーは下を向いて考え込んでいる。

 やはり無理か。そりゃそうだよな、昨日今日知り合った人物に命を預けられる人間の方がどうかしてる。


「ちょっといいか?」

 黙って話を聞いていたファバルが口を開く。「ようするに、お前は人様の娘の命を自分の目的のために利用しようっていうんだな?」

「………………」


 そう言われても仕方なかったし、実際そうだった。どんな理由があろうとも、ティムは自分がクランに加入するために彼女を危険に巻き込もうとしているのだ。やっぱり浅はかな考えだったか、と心の中に後悔の念が沸き起こり始める。


 しかしそのとき、エリーが突然口を開いた。「私、やる」

「エリー!」ファバルは思わず椅子から立ち上がった。

「前からずっと思ってたの。こんな毎日のんきに生きてる私でも、もし誰かの役に立てるときが来たなら迷わずそうしてみようって」


「馬鹿な」ファバルは吐き捨てるように言った。「そんなのは騎士団やギルドの連中に任せときゃいいんだ。何もわざわざお前が口を挟む必要はない。ものごとには適材適所ってのがあるんだ。お前の考えは間違ってる」

「それでもそれが私にとって命よりも大事なことだとしたら?」


 娘の真っ直ぐな視線にファバルは思わず口を閉ざす。

「お父さん、この前言ってたよね?『たとえ間違った考えだったとしても、その人が大事にしてるものなら無闇に否定したりせずに受け入れてあげるべきだ』って。あの言葉は嘘だったの?」

「しかしーー」


「宵闇の殺人鬼には実際に何人もの人が殺されてる。その中には私と同じ年頃の女の子だっていた。……死んだお母さんぐらいの年の人も」

「エリー……」

「だから、一日でも早く犯人を捕まえなきゃ。ティムさん、確実に捕まえられる自信があるんでしょう?」


「ああ。もちろんだ」ティムはエリーの目を見つめ返した。

「なら、私はティムさんを信じる。私の命は私のものよ。その使い道について、お父さんにとやかく言わせない」

「……わかったよ」


 ファバルは幾分気落ちしたような表情でティムに歩み寄り、手を握ってきた。「娘を頼む。俺にはもう、エリーしかいないんだ」

「任せてくれ」

 ティムはファバルの手をしっかりと強く握り返すのだった。


♢♢♢


 王都南西区画の近くを通る、一本の細い路地の上をエリーは一人で歩いていた。夕焼けが地平線の彼方へと追いやられ、空の上を薄暗い闇がじわじわと覆っていく。まもなく日が完全に落ちて王都は夜に包まれるだろう。周囲に人影はない。労働者達が盛り場へと繰り出す前のわずかな時間の静けさが路地の間を支配していた。


 エリーは心配そうな視線を周囲に巡らせる。宵闇の殺人鬼はきっとどこかから私のことを見ている。久しぶりの獲物をどうやって料理しようかと悦びに胸を踊らせながら。恐怖で足が震え出しそうになったが、気丈にもそれを堪え、何事もなかったかのように歩き続ける。


 ーーティムさんがどこかから見守ってくれてる。信じるのよ。

 そう自分に言い聞かせながら、エリーは路地の角を曲がった。


 すぐ目の前に見知らぬ人物が姿を現した。突然のことにエリーは身を震わせる。足が固まり、恐怖で叫び出しそうになる。相手の顔は逆光で暗くてよく見えない。しかし、何かで顔を覆っているようにも見える。ティムから事前に聞いていた特徴と合致していて、見る間に頭から血の気が引いていく。


「…………」

 謎の人物はエリーに手を伸ばしてきた。エリーは後ずさりながら助けを求め始める。

「……いや。た、助けて」

 エリーの肩に手が触れようとしたそのとき、横から伸びた手が人物の手首を捕まえた。


「ティムさん!」

「ーーやっぱりそうか」

 ティムは掴んだ手を引っ張ると人物の顔をこちらに向けさせる。相手の口から小さく悲鳴が漏れた。


「……えっ、女の人?」

 二人の前に正体を見せたのは一人の娼婦だった。露出の高い衣装に身を包んだ彼女は薄いベールを被って顔を隠している。


「宵闇の殺人鬼はお前なんだな」

 手首を掴んだまま問い詰めると娼婦は痛そうに顔をしかめた。「ち、違う。私じゃない」

「目撃証言のあった南西区画には娼婦館がある。死体には性的痕跡は残されていなかった。今のように顔を隠していても娼婦なら見咎められることもない。あらゆる証拠がお前を犯人だと指し示してるんだ」


「違う!私はただ、こんな時間に一人で出歩いてる彼女が心配で声をかけようとしただけよ!」

「ーー犯罪者は皆、そう言い訳するぞ」


 そう言いながらもティムは彼女の剣幕に気圧され始めていた。……もしかして、俺の推理は間違っていたのか?しかし、事件の話を知っているだろう彼女が一人で歩いているのが怪しいのも確かだった。くそっ、どうやって判断すればいい?


「とりあえす、この手を離しーーげふっ」

 突然、娼婦の胸元から鋭い剣の切っ先が出現したかと思うと剣先はゆっくりと娼婦の体の中に引っ込んでいった。娼婦が倒れると、その背後からもう一人の人物が姿を見せる。


「この人はーーまさか、衛兵さん?」

 そこに立っていたのは一人の衛兵だった。全身を鎧兜に覆われていて顔が見えない。衛兵が剣を振ると血の飛沫が石畳の上に降りかかった。


 ーーそうか。ティムはようやく気がついた。衛兵もまた、日頃から兜で顔を隠していても不自然ではない。抵抗した被害者の体に犯人の皮膚組織等が付着していなかったのも鎧のせいか。そして、犯行時刻が宵闇時に集中していたのは、おそらく警備の交代の際に起きるわずかな隙を狙ったからだ。警備の配置場所はその日によって変わるので、自然と犯行の場所も無差別になる。気がついてみれば、多くの事実が衛兵の犯行可能性の大きさを示していた。


「……薄汚い売女の血はいらん。私が求めているのは清らかな女性達の血。そして、彼女達が苦悶し命を終えていく瞬間の純粋な姿だーーそれを邪魔する奴は、死ね」

 衛兵は兜の間から怨念のこもった目でティムを睨みつける。ティムはエリーを下がらせると背負ったメイスを抜いた。

  

 

 

 



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