第6話 鷹狩り

 修道院の入口の正面扉が開くと、鉄製の鎧と兜に全身を包んだ騎士が姿を現した。たまたま近くにいたシスターを呼び止めると騎士はよく通る声で自己紹介する。

「突然の訪問、まことに申し訳ない!私は金環騎士団に所属するピーター=アムンゼンと申す者です!デクスター=シャンブリー神父にお目にかかりたい!」


 シスターがハーブティーの入ったカップとティーポットを置いて退室すると、騎士ピーターはソファーに腰かけたまま深々と頭を下げた。

「あなたがデクスター神父でございますか。なるほど、噂に違わぬ穏やかそうな顔立ちでいらっしゃる」


 ここ数日、妙に来客が続くな、と思いながらも神父はピーターに兜を外して楽にするよう勧めた。「ややっ、これはかたじけない」と言うとピーターは兜を取り、小手を外してからティーカップを手に取った。

「して、本日はどのようなご用件ですかな」


 喉が乾いていたのか、ピーターはハーブティーを一気に飲み干すと人心地ついた。カップを持った右手の小指には金色の純金製の指輪が光る。金はこの国では献身、克己を指し示し、騎士団に所属する人間は皆、一様にこの指輪を身につけている。ちなみに、将軍ローガンは騎士団長よりも上の位にあたる。


「いや、それがですな」

 ピーターは懐から一枚の紙切れを取り出してテーブルの上に広げた。それは勅書だった。ソレミア王家の象徴であるハルニレの若葉を模した捺印がされており、王直々の命令であることを指し示していた。


 神父が勅書を読んでいる傍らでピーターがその内容を語る。「実は今年行われる、第二王子であるグレン様の鷹狩りの場所としてこのテューダー修道院の北に広がる森丘地帯が選ばれまして。救護兵としてこの修道院からも数名借り受けたいという話なのです」

「それは構いませんがいったいどうして今年はこの地方に?鷹狩りは王都北西にあるグレアルの丘で行われるのが習わしではありませんでしたか」


 ピーターは頭を掻いた。「それが毎年同じ場所では飽きる、と王子が仰られまして。いろいろ手を尽くした結果、この場所が選ばれたという次第であります」

「なるほど」

 神父は勅書を元通り丸めると蝋で封をした。「そういうことなら、護衛も兼ねて神官よりも修道士の方が適任ですな。当日までにこちらで手配することにいたしましょう」


♢♢♢


「で、何でお前がここにいんだよ」

「しょうがないでしょう?みんなオース砦やイネイラ川から戻ってないんだから」

 騎士や修道士に混じって剣の手入れをしているアルマにティムは文句を言う。その様子を眺めていたピーターが人の良さそうな笑い声を上げた。


「はっはっは。いや、やはり少数でも女性がいた方が華やかでいい。二人とも、今日はよろしく頼むぞ」

「華やかというか、乳臭いというか」

 ティムがそう言うとアルマは拳を振り上げる。その様子を見てピーターは再び高らかに笑った。


「こちらこそよろしくお願いします、アムンゼン様」

「ピーターで構わんよ」

 森の入口に計十数名の騎士と修道士達が集まり、武器や地形の確認に余念がない。王子はまだ到着していないようだが、少しずつ周囲の緊張感は高まりつつあった。


 騎士に紛れて、緊張した面持ちで立ち尽くしている修道士が一人いた。修道士のレンドンは迷子のように周囲を見回していた。

「大丈夫かよレンドン」

 ティム達が近づくとレンドンは安堵の表情を浮かべた。


「よかった、ティムか。どうしよう、僕、昨日からずっと緊張しててさ」

「たかだか鷹狩りだろ?決められたコースを回って、それなりに王子に獲物を捕ってもらって機嫌良く帰ってもらうっていう接待みたいなもんだ。そんなに緊張することないって」

「そうよ、警備を固める騎士達だって腕利きが集まっているわ。心配はいらないわよ」

「ならいいけど」


 それでも固さの取れないレンドンを見てティムはぴんときた。「まさかお前、これをきっかけに騎士団に取り立ててもらおうなんて考えてるんじゃないだろうな」

 レンドンはえ、と絶句したまま固まった。どうやら図星だったようだ。

「うーん。実力ある騎士達に囲まれた中で手柄を立てるなんて難しいと思うけど」


 そうアルマに指摘されると思わずレンドンはむきになった。「そ、そんなこと、やってみなきゃわからないじゃないか!」

 レンドンの剣幕に気圧されたアルマは慌てて謝罪する。「ご、ごめんなさい。あなたがそこまで真剣に考えていたとは知らなくて」

「私語を慎め!これより王子がお成りになる!」


 騎士達に誘導されて白馬に乗って現れたのは上品そうな顔立ちをした少年だった。儀礼服を身にまとい、綺麗に整えられた金髪をしたその顔はこれから青年へと成長する直前特有のの幼さを備えていた。ティムより少し年下に見えるからおそらくは十四、五歳、といったところだろう。


「わあ。凄く綺麗な方なのね、王子様って」

 ワントーン声を高くしたアルマにティムはむっとした表情を浮かべる。「何だお前、ああいう線の細い感じが好みなのかよ」

 しかしアルマは堪えない。「女性はみんな、心の中では綺麗な男の人に憧れるものなのよ」

 ティムは頭を掻くとちぇっ、と舌打ちした。


「われがソレミア国第二王子、グレン=ソレミアだ。今日は余のために集まってもらいまことにかたじけなく思う。とはいえ、これも古来より行われている王家の習わしのうちの一つ。無事滞りなく最後まで行われるよう、そなた達の助力を仰ぎたいと思っている。今日はよろしく頼むぞ」

「はっ!」


 先発隊に編成されたティムとアルマは、王子の挨拶が終わるとすぐに出発した。部隊は二部隊構成となっており、まず先発隊による進路の確保、つまり落雷や降雨による倒木や土砂崩れがないか確認したり、魔物がいれば先に退治しておいたりといったいわば露払いが行われることとなる。その後、安全な進路を通って王子のいる後発隊がやってくる手はずとなっている。


「しっかし、その肝心の獲物がいる場所まで前もってしっかり調査されてるんだろ?ホントただの出来レースだよなぁ」

「しっ。声が大きいわよ、ティム」

 二人の会話を聞いていたピーターが馬上で笑った。「はははは。確かにその通りだ。しかしそれも時代の流れ」


「年々王子達はひ弱になってるとか?」

「まあ、誤解を恐れず言えばその通りだ。昔は鷹狩りの一貫として魔物の掃討も日程の中に組み込まれていた。しかしそれもいつしか廃れてしまい、結局過度に警備された中で行われる鷹狩りだけが残った」


「まあこの数十年、この国は平和だったからな」

「そういうことだ。平和になればどうしても心身を鍛える機会は失われる。しかしだからといって平和であること自体を忌避するのも健全な状態とは言えない。我々は時代に則した形で進化していく必要があるのだよ」


 先発隊の仕事は特に大きな問題はなかった。一ヶ所だけ倒木で道が塞がっている箇所があったがロープを結びつけて全員で引っ張り起こすと無事進路を確保することができた。あとはたまに出現した触手生物ローパー粘液生物スライムを退治するだけの簡単な仕事だった。誰も傷を負っていなかったので、来た意味があったのかな、と思ったほどだった。


 森の入口まで戻ってくるとピーターから労いの言葉があった。「二人ともご苦労だった。実に助かったよ」

「またそんなこと。俺達がいなくても全然大丈夫そうだったじゃないすか」

「そんなことはない。怪我ができる、という保証はお前達の思っている以上に皆を安心させてくれるものだ。デクスター殿の人選にも感謝せねばな」


 ピーターは物腰の柔らかい人物だった。騎士団には高飛車な連中が多いと思い込んでいた二人だったが、彼のような人物に出会うことが出来て良い意味で認識を改めようとしていた。

「さて、あとは後発隊が帰還すれば無事終了なのだがーー」

 休息を取りつつ帰りを待っていたティム達だったが、そのとき、突然後ろの方から声が上がった。


「……何だ、ありゃ?」

 ティムが後ろを振り向くと修道士の一人が空を指差している。その方角を見ると空に何やら黒い物体がふらふらと浮かんでいる。物体は不安定な動きでゆっくりとこちらに向かってくると、ティム達の間にべちゃり、と音を立てて墜ちた。


「……!これは!」

 そこにいたのは傷だらけで瀕死の状態の鷹だった。 

 

 









 





 

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