刹那の憎悪(1)

それは、本当に偶然だった。

以前、好きだった彼の姿を街で見かけたのは……。



(あれは……久賀くん……?)


久し振りだった。

人混みの中でも分かる、背の高い彼。

変わらない後ろ姿。

後ろから見ただけでも分かる。それ位好きだった人。


でも……。


(隣を歩く……女の子?)


胸にチクリと刺す痛み。

でも、どんな娘だろう。興味がわいた。


回り込んで物陰から二人の様子を伺う。


(……え?……野崎、くん……?)


それは、彼が大切にしていた幼馴染みの友人に良く似ていた。


(似てるけど、違う……?)


幼馴染みの彼は中性的な顔をしていたけれど、そこにいるのはまぎれもない女の子だった。


そこで不意に、以前彼が話してくれたことを思い出した。

幼馴染みの彼には双子の妹がいるのだということを。


(そっか……。妹の方だ……。さすが双子。本当に野崎くんに良く似てる……)


綺麗な顔。

男である兄の方でさえ、思わず見惚れて嫉妬してしまう程だったのに。


(その容姿をそのままに、女の子であるとか……狡い……)


横に並ぶ彼を見上げて笑っている、綺麗な横顔に。

無性に腹が立ち、怒りさえ込み上げてくる。


……許せない。


何で今頃出てきて、平然と彼の隣を歩くの?



二人の笑顔が胸に突き刺さる。

私の前では見せたことさえない彼の満面の笑顔。

それを独り占めするアイツ。


……許せない。



「どうした?唯花。急に走り出したりして。何かあったのか?」

「あ。ううん、何でもないの」


私の横には、久賀くんとは比べ物にもならない程の三流の男。

以前、街を歩いてた時にナンパされて何となしに付き合っているだけの男だった。


この辺りでは、それなりに顔の利く名の知れたワルらしく、従えているチンピラみたいなのが何人もいるのを知っている。

そんな普段は威張り散らして歩いているような男だが、存外ぞんがい私にはゾッコンなので、そういうのも悪い気はしないかなって。本当にその程度。


(あ……でも、そうか。その手があった!)


我ながら名案が浮かんじゃった。



「ねえ、あんたさ……私のこと、好き?」


甘えを含ませながら上目遣いで男を見上げる。


「何だよ?急に改まって……。いつも言ってるだろ?俺はお前に惚れてんだ。お前の為なら俺は何だってしてやるぜ?」


出た。いつもの口癖くちグセ


「ふふ……。それなら、ひとつ唯花のお願いを聞いてくれる?」

「ん?何だ?」

「あのね……。連れてきて欲しいコがいるの」


男の大きく太いふしくれ立った指に自らの指を絡ませると、おねだりするように首を傾げて微笑んだ。


「何だよお前……。可愛いヤツだな」


単純な男は、これで意のままにあやつれるのだから容易たやすい。


「それって女だろう?随分と簡単なお願いだが、何だ?お前、気に食わねえダチでもいんのか?」

「ふふ……。まあ、そんなところかな。少し位手荒な真似しちゃっても構わないから、私のところに連れて来て欲しいの。よろしくね」


唯花は楽し気にクスクスと笑うのだった。







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