報復の魔の手(1)

夏樹の兄である冬樹は、あの事故以来ずっと世話になっている九十九つくもに恩を返すつもりで日々仕事の手伝いにいそしんでいた。



九十九は、この国ではトップレベルの実力者である。

表に顔や名は出ていないものの、政界や警察関係者等の間では、その名を知らぬ者はいないとさえ言われており、彼を敵に回したならば、この国に居場所はなくなるという噂まである程だ。


現在は高齢になり、島で隠居いんきょ暮らしをしているただの老いぼれだと本人は言ってはいるが、未だに彼の元へ国家レベルの重要案件の相談や様々な依頼が来ていることを冬樹は知っていた。


その九十九の下で、手となり足となり秘密裏に行動している並木と共に、冬樹もまたその助手として動いていた。

先日も、ある暴力団と警察関係者の裏の繋がりを暴き、数人捕らえたばかりだった。


そんなある日。



バタンッ


事務所のドアが勢い良く閉まる音が聞こえて、パーティション越しに振り返った冬樹は、そこに並木の姿を捉えると笑顔で声を掛けた。


「お疲れさまです!並木さんっ」


だが……。


「悪い、冬樹。ヤバイことが起きた。嫌な情報が入って来たんだ」


普段とは違う険しい表情を見せている並木に、自然と冬樹も不穏な空気を察して表情を引き締める。


「嫌な情報って……。いったい、何があったんですか?」


並木は硬く険しい表情のまま一呼吸置くと、冬樹の目を真っ直ぐに見つめ、意を決したように語り出した。


「先日、上に引き渡した奴等の残党が、まだ残ってたみたいなんだ。それで俺らのことを相当恨んでるらしくて、アイツら卑怯な手に出てきやがった」


並木は自分の左掌を右拳でパンチするようにバチンッ…と打ち鳴らすと、悔しげに舌打ちをした。


「そんなの、ただの逆恨みじゃないですか。それって、もしかして組関係の奴等ですか?」

「ああ。そうだ……」


並木は悔し気に歯をギリリ……と噛みしめた。


その並木の尋常でない様子に何処か不穏な空気を感じながらも、冬樹は核心部分に迫る。


「その、卑怯な手っていうのは……?」

「ああ……。アイツら、俺らの身内を調べたらしくて……」

「えっ?……それって……」


嫌な予感しかしなかった。

並木には身内はいない。天涯孤独の身なのだと聞いている。



ならば……?



「悪い……冬樹。夏樹ちゃんが……さらわれた」


痛々しげに目を伏せる並木の言葉に冬樹は驚愕きょうがくした。



まさか。

そんな……?



「まだ詳しいことは分からないんだが、俺らのメンツを掛けて必ず救い出すからっ。冬樹…頼むから冷静でいてくれよっ」


ガッシリと両肩を掴まれ、だがまるで自らにも言い聞かせているかのような、そんな並木の言葉に。


冬樹は、ただ呆然と……。僅かに首を縦に動かすことしか出来なかった。



(……なっちゃん!!)





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