いい子悪い子
第16話
翌朝、高瀬は自分の職場へ向かう前に、坂野上の写真事務所に行った。
可能性としては考えていたが、羽鳥は出社していなかった。理由を聞けば、しばらく編集作業なので在宅勤務とのことだった。
ただ羽鳥は今手掛けている仕事が終わったら辞めるつもりらしい。坂野上としても、せっかくの良い人材を手放したくないので、羽鳥に理由を聞いたのだが、一身上の都合の一点張りだそうだ。
高瀬は狡い手だと思ったが、坂野上に次に出社したら連絡をして欲しいと頼んでおいた。高瀬のあまりの必死さに「辞めたい理由が喧嘩なら引き止めも楽そうだ」と笑われてしまった。
バレたら羽鳥に殴られると思ったが、そういうことにしておいた。
羽鳥が高校生の頃から変わっていなくて、誰にも縛られない旅人のような生き方をしたいと思っているなら、高瀬だって、その気持ちは尊重したいと思う。
でも、どうしても高瀬は羽鳥を自分のそばに繋いでおきたかった。
そうしないと自分が羽鳥の新しい作品を見ることが出来ない。
そういうわがままな気持ちが恋なんだとしたら、高瀬は羽鳥に、ずっと前から恋していた。
高瀬は羽鳥に会社だけでなく、たくさんのカメラマンの知り合いを紹介していたので、全員に当たれば、どこかで羽鳥が捕まるという自信はあった。何故なら世話になっている人の連絡を無視出来ない程度には、羽鳥は見た目によらず律儀な性格をしているし、仕事への姿勢はいたって真面目だから。
騙し討ちのようで我ながら良心が痛んだが、羽鳥がお世話になっている写真家たちに協力してもらって、会話のついでのように羽鳥が現在住んでいる場所を聞き出してもらった。
半月もかからず、あまりにもあっさりと捜査の網にひっかかってくれたので、やっぱり羽鳥は人を疑うってことを知らない、根っからの善人だなと思った。
羽鳥は都内のホテルにいた。
普通のホテルだったら、宿泊者以外の人間の出入りは断られる。しかし羽鳥がいたのは長期滞在に向いている安宿。パパラッチをしていたときにも仕事で使っていたのか、高瀬が打ち合わせだとフロントで話をすれば快く通してくれたし、名前を言えば簡単に部屋番号を教えてくれた。
高瀬がシャツにネクタイといういかにも仕事相手だとわかるような格好だったので少しも疑われなかった。
もし内線で確認すると言われれば、探偵よろしく駐車場に停めた車で待ち伏せするつもりだったから手間が省けた。セキュリティーもプライバシーもあったもんじゃない。
部屋のチャイムを鳴らすと、しばらくして黒の長袖Tシャツにデニムパンツ姿の羽鳥が出てきた。羽鳥の口からタバコが落ちる。
ドアの覗き穴から相手を確認していなかったらしい。
羽鳥は廊下に落ちたタバコを拾いながら苦虫を噛み潰したような顔をした。自分の住んでいる場所を軽率に写真家の細田に話してしまったことを思い出したのだろう。
「……よぉ、良い子にしてたか?」
高瀬は戯けるように言った。古びたホテルの廊下は声がよく響く。
「してるように、見えるか?」
「見えねぇから、連れ戻しに来たんだろ。雑誌の件、俺は羽鳥の口から、ちゃんと話聞きたい」
こう言えば羽鳥は話をしてくれるという確信があった。少しの迷いはあったが諦めたのか部屋の中に入れてくれる。
「どうぞ、狭いけど。お前の家よりは、居心地いいよ」
ごちゃごちゃとした繁華街のなかにある、今にも廃業しそうな外観の印象とは異なり、中は普通の小ぎれいなビジネスホテルの部屋だった。
潰れそうなという意味では、高瀬の幽霊アパートといい勝負だが、寝心地の良いセミダブルのベッドはあるし、ユニットバスまで付いている。高瀬の家のように隙間風や虫の心配が要らない分、確かにこっちの方が勝っているだろう。ベッドの枕元には、羽鳥が普段使っているカメラと数枚の写真が散らばっていた。
「仕事中だったのか?」
備え付けの机の上には、編集中の写真が表示されたままのノートパソコンがあった。
「お前が言うところの、すぐにお金になる悪いお仕事してたんだよ」
手に持っていたタバコを机の上の灰皿で消し、羽鳥はベッドの上に腰掛けた。
「羽鳥、何回でも言うけどな、そういう自分の価値を貶めるような仕事はやめろよ。俺が紹介した仕事、お前楽しそうにやってただろ? 何か不満があるのか?」
「分かったんだよ。ああいう、ちまちま稼ぐのって俺には向いていない。お前、もう見ただろ、雑誌の写真」
「見たよ」
羽鳥は深くため息をついた。
「最近ミカちゃん急に売れてきたし、転落劇みたいなのは読者が喜ぶんだとよ。結構な値段で買ってくれた」
「羽鳥。お前は、絶対あの写真を売ったりしてないよ。だって、お前は、金儲けの為だけに写真を売ったり出来ないだろ」
「いや、俺が、売った」
「売ってない」
一言一言、血を流すように話すから、思わず羽鳥の手を握っていた。
学生の頃、自分の写真で金儲けしていると言われ辛かったとき、誰かこんなふうに羽鳥の手を握って「お前は、絶対に、そんなことしないよ」って、言ってくれる人はいたのだろうか。
――きっと、いなかったから、羽鳥は人間不信になった。
才能があって、若い頃から界隈で注目されて、どんなに素晴らしい作品を撮っても、周囲の嫉妬や羨望から投げかけられた言葉に羽鳥は傷ついただろう。上手くいっているときは自分の好きだけで前に進める。
けど、不幸が続いた。
才能なんて要らないと言った羽鳥は思ったはずだ。
人が羨むような才能がなければ、自分が伝えたい写真の本当に気づいてくれたのかって。
真っ直ぐに写真を愛している気持ちが、正しく相手に届いただろうかって。
「何を根拠に?」
「データだろ。一回パソコンに取り込めば誰だって見れるし、誰でも複製が出来る。前に仕事で編集部のパソコン使ってたなら、データ抜かれても別に不思議じゃない」
「違う」
「違わない。だから、羽鳥に悪いことは出来ないんだって」
ままならない感情をぶつけるように、羽鳥は握ったままの高瀬の手を引いた。
スプリングの軋む音。
ベッドの上に縫い止められ、今にも泣きそうな羽鳥の顔を見上げていた。
「お前に再会するまで、プライドなんか捨てて、金のためだけに撮ってた」
「でも、もう辞めただろ?」
「高瀬の気持ちを無視して、キスだってした。なのに、なんでノコノコ俺のとこに来れるわけ? 嫌じゃねーのかよ」
「羽鳥のこと、信じてるし」
「……信じる」
「自惚れかもしれないけど、一番、お前のこと知ってるのは、俺だって思ってる。だって、羽鳥は、俺の一番の推しだ」
羽鳥の瞳が潤んで、困ったように眉尻が下がる。困らせたいわけでも、泣かせたいわけでもない。
高瀬は、また自分の言葉が足りなかったと気づいた。
「ッ、高瀬に、俺の何が分かるんだよ! 分かる気もないくせに……分かった気になって。――ほんと、お前、腹立つ」
苛立ちをぶつけるように、乱暴に口づけられた。歯が当たって少し唇が切れた。
「ぅ、……」
最初と同じ。羽鳥のキスは高瀬のことを叱るようなキスだった。
写真では、あんなに分かりやすく、たくさん好きだって言ってるくせに、いつまでも、その感情に向き合わない。
羽鳥は部室棟で掲示板を見て馬鹿みたいに幸せそうに笑っている高瀬の写真を見る度、もどかしくて、たまらなかっただろう。
そこに答えがあるのに、高瀬が一番の推しだとか、才能に惚れたなんて言うんだから。
高瀬がいつまでも逃げているから、羽鳥はスランプになったし自分の写真に自信がなくなって、撮りたいものも表現したかったことも分からなくなった。
羽鳥が作品を撮らなくなったのは、高瀬が羽鳥の気持ちから逃げているからだと思う。
さっきまで、タバコを吸っていた羽鳥の口づけは苦かった。
意を決して羽鳥の後頭部に手をかけ羽鳥のキスに返事した。
やってみれば、なんてことはなかった。
好きだと言われて、数年越しに羽鳥と同じ好きだって気持ちを返した。
羽鳥が言う通りに高瀬の恋愛感情はカスだったと思う。男も女も動物も高瀬の愛情にそれほど差はなかった。
そんな自分だったから、たとえ好きになったのが、男でも抵抗はなかったし、キスって、こんなに気持ちいいものだったのかって純粋に感動した。
以前、駅からの帰り道、高瀬に殴られたとしても、我慢できないくらいキスがしたいって思ってくれた羽鳥の気持ちが愛しかった。
同じ気持ちだ。間違いない。
「ッ、おま、なに……やってんの」
羽鳥にされるままだった高瀬が、舌を絡めてキスを返したことで、羽鳥は目を丸くしていた。羽鳥は信じられないと口を押さえたまま、至近距離で高瀬の顔を見て固まっていた。
「俺は、お前のこと、ちゃんと信じてるよ」
羽鳥は高瀬から目をそらせた。
「……たとえ写真を売ったのが俺じゃなくても、撮ったのは俺。お前が大事に育てた、アイドルの未来を奪ったことには違わないだろ、高瀬、俺のこと許せるのかよ。ミカちゃんは、お前の推しなんだろ」
「ミカが引退したとしても、お前が撮った写真の価値は変わらないだろ」
「あのスキャンダル写真にどんな価値があるんだよ」
「百人のうち九十九人、お前の意図しない伝わり方だったとしても、俺はいい写真だと思ってる。それが、価値だ」
「――少しは、怒れよ。何、笑ってんだよ」
「あのスキャンダル写真。ミカを貶める写真なのに……あいつは、お前の写真喜んでたよ。可愛く撮ってくれたって。だから、俺は、自分が育てたアイドルが引退したことは残念だけど、羽鳥の写真がミカを笑顔にしてくれて嬉しかった」
「なんで……だよ」
力なく、うなだれる羽鳥の髪を手を伸ばしてくしゃりと撫でた。
「……それにな、元々は彼氏作って遊んでたミカも悪いんだ。もしお前が、スキャンダル写真撮ったこと自体を反省してるなら、この先、自分の写真を自分で粗末に扱うようなことはするな。そんなことしても、誰も幸せになれないだろ」
羽鳥は、じっと確かめるように高瀬の目を見ていた。
灰がかったその瞳の色は決して冷たくなくて、本当は温かくて優しい色をしていることを高瀬は知っている。
「なぁ、羽鳥。百人中九十九人に伝わらなくても、これからは俺が、お前にどう思ってるか全部聞くから、絶対一人には伝わる。俺だけじゃ駄目か?」
「……お前、俺のこと、絶対、大好きだろ」
また気持ちが先走って、順序立てて話していなかった。
何も言っていないのだから分かるはずもない。高瀬は近くにあった羽鳥のカメラに手を伸ばして差し出した。伝える時間がもどかしい。
「撮れよ。お前なら、それで、全部分かるだろ」
羽鳥はカメラを受け取り、ベッドの上に座って真っ直ぐに羽鳥を見つめる高瀬にレンズを向けた。
一度だけの、ゆっくりとしたシャッター音。
羽鳥はカメラの小さなディスプレイに表示される写真を静かに見つめていた。
「分かったか? 俺が、お前を、信じてる理由」
毎日、毎日、飽きもせず、羽鳥はリハビリだと言って、高瀬の写真を撮り、写真を見るたび、昔と変わらないと言っていた。
羽鳥が部屋に置いていった、あの写真と、多分いま同じ顔をしている。大切な宝物でも見ているような、その表情。伝わっただろうか、伝わって欲しいと思った。
好きだから、信じられる。理由なんて、きっと、それだけだ。
「俺さ、推しが、好きな人だったんだ」
「――気づくの遅ぇよ」
そう言って、羽鳥はベッドの上に座る高瀬をぎゅっと抱きしめた。
「ごめんな、羽鳥」
「それ、なんに対してのごめん? お前の好きが、上野のパンダと同じくらいってこと? 別にいいけど」
羽鳥は高瀬の肩に埋めていた顔を上げて高瀬の目をみつめた。
「お前に言われて、ちゃんと考えたよ。パンダとお前、どっちが上か。けどさ、人間とパンダ比べてもなって思って、羽鳥は羽鳥だし」
「お前が、推しはパンダって言ったんだろうが」
「パンダは、俺にキスはしない……し?」
「まぁな」
「俺、羽鳥にキスされても、嫌じゃなかったんだ」
「へぇ……」
羽鳥は高瀬のメガネを奪い取って枕元に投げると、誘うように高瀬の下唇を甘噛みして、戯れるようなキスをする。
「それで? その続きは?」
羽鳥は段々と機嫌が良くなってきたのか、口角を上げて笑いながらキスをしている。
「うん。で、やっぱり、お前のことは、猫にしか思えなくて」
「お前ほんと、猫好きな?」
羽鳥は探るように高瀬の目を見る。
「つまり、お前の出て行った猫ちゃんも推しだったってこと? たしかに猫はちゅーくらいはしてくれるけどさぁ」
「うーん。そうじゃなくて、俺、ずっと、自分は、愛される資格がないんだって思ってた……のかも。俺の猫は、帰ってきてくれなかったから。だから、羽鳥に告白されても、正直なところ、よく分からんかった」
一から話したら、高瀬の予想通り羽鳥には呆れられた。けれど、くだらないとは言われなかった。
「お前ほど、人に愛される資格のある奴はいねーと思うけど、人のことばっかだし、昔から愛されキャラだったじゃん。ちーちゃんってみんなのアイドルみたいで」
「そうか? お前が言う通り、俺は、いつだって人から向けられる気持ちに疎いし、身勝手に好き好き言ってるだけだったろ?」
「根に持つなぁ、もし、そうだとしても、そんなこと言うひねくれ者は。俺くらいだよ」
「それで、羽鳥が、俺のこと好きな理由は分からなくても。卒業してから、何年も経って、まだ俺のこと好きだって言ってくれて、しかもボロボロの幽霊アパートに文句も言わずに住んでくれたから、それって、すごい愛されてるってことなのかなって」
「いや、暑いし寒いし、虫は出るから文句はある」
「けど、それでも、羽鳥は俺と一緒にいてくれただろ、だから嬉しかったし、こんな自分でも、もしかして、愛してくれるのかなって。俺は、そうだったら嬉しいって思ったよ」
高瀬がそう言うと、羽鳥は高瀬の鼻の頭にちゅっと音を立ててキスをした。
猫が、帰ってきたみたいに嬉しかった。愛して、愛されて、そんな関係が、もしかしたら自分にも築けるんじゃないかって思った。
「で、そう思ったのに、羽鳥は何も言わずに書き置きして出ていくし」
「悪かったって! お前に合わす顔がなかったんだよ。勝手に写真使われたんだとしても悪いのは自分だし」
「俺、羽鳥を探したいって思ったんだ。――子供の頃の自分は、せいぜい近所を歩きまわって、家で待ってるくらいしか出来なかったけど、今は違うから。今度は、絶対に羽鳥を見つけるって思ったし、そうしたいって思った」
「あー、もう分かったよ。それで、俺が猫ちゃんなのね、で、見つかって嬉しいか?」
「うん」
そう言ったら、羽鳥はぶっきらぼうだが、笑ってくれた。
「つか、お前の人脈こえーよ。写真界の巨匠を人探しに使うか? 普通」
こんな時に使わないで、いつ使う人脈だと思ったし、誰もが快く高瀬に協力してくれた。半分は面白がっていたが、きっと自分と同じように羽鳥のことを心配してくれたのだろう。
「なぁ、羽鳥。仕事も辞めるとか言わんで帰れよ。でないと坂野上さんが泣く」
「……分かったよ」
「あとさ」
「なに?」
「俺の家にも、帰ってきてくれるか?」
恐る恐る訊いてみた。嫌だと言われても引っ張って帰るかもしれないけど、気持ちだけは聞いておこうと思った。
「――お前と同じ、一階に住んでもいいなら」
「あ、うん。夏のあいだ暑かったよな。けど、冬は、二階の方が……」
暖かいと言おうとした唇を塞がれた。
「お前のこと襲っていいかって、聞いてんだけど」
こういう時、なんていうのが正解なんだろう。
高瀬の気持ち的には、遠慮せずにどうぞって感じだった。けれど、それもなんだか情緒がないし、かといって羽鳥のような芸術家でもないので、人をメロメロに出来る表現力やセンスがない。
羽鳥が自分を思う気持ちに関しては、十分理解したけど何故自分なんだろう、というのは分からなかった。
いくら考えても、羽鳥が欲しがるような身体の価値みたいなものが高瀬にあるとは思えなかった。
羽鳥の気持ちを疑っているわけじゃないし、高瀬も羽鳥のことを愛している。さっきしたキスだって満たされるように心地よくて、幸せな気分になった。
ただ羽鳥とそれ以上のことをする想像をしてみたが、あまり、ピンとこない。
正直に、この歳まで一度もセックスしたことがないから、分からんと言った方が親切な気がした。
そんなことを考えていたら、羽鳥に頬をぺちぺちと叩かれた。
「聞こえてんのかよ?」
「いや、うん。聞こえてるし、どうぞって思うんだけど、俺、童貞だから、お前のこと気持ち良く出来る自信がない」
期待されていたら申し訳ないと思って、先に告白したら喜びながら呆れるみたいな器用な顔をされた。
「いや、お前が童貞なのは、普通に想像出来る範囲だし、お前に気持ち良くしてもらおうとかは考えてない。俺がする」
「あ、そう。うん……」
恥ずかしくて居た堪れない。
「け、けど、やるからには、俺にそういう気持ち良さを求めてるんだろ? 多分へたくそだと思うし、俺のどの辺にやりたい要素があるんだ?」
わかんないの? と羽鳥は不敵に笑いながら、高瀬をベッドの上に押し倒し胴を跨いで座った。顔の距離を詰められると、耳の横でぎしりとベッドの軋む音がする。
「お前の、全部が好き」
高瀬の顔の横に手をつき、右手で頬を撫でその手が首筋を伝う。真上から見下ろされ、視線が交差した。
「……そ、そっか、全部、か」
急に、ぽっと火を灯したように頬が熱くなる。いつも正面から好きだっていうのは、高瀬の方だったから。
立場が逆になって、何の臆面もなく好きだと言われる気恥ずかしさと、その落ち着かなさを初めて知った。
ずっと羽鳥は、こんな気分だったのだろう。
高瀬の今の恥ずかしいと思う気持ちが伝わったのか、羽鳥は、にやりと意地悪く笑い、さらに高瀬を追い詰めるように言葉を続けた。
「昔っから、お前のそのまっすぐなところが好きだった。いつも誰かのために一生懸命で、素直で、犬っころみたいに可愛くて。みんなじゃなくて、俺にだけ笑いかけてくれたらなって、思ってた」
「っ……あ」
羽鳥に唇を親指でなどられた。さっきキスした時にぶつけた唇にに血が滲んでいたのだろう。
「ま、卒業する日まで言えなかったけどさ、お前と違って、俺は「推し」に気持ちを伝えるの下手だから」
「……ぅ、うん」
羽鳥の顔が、もっと近づき、思わず視線をそらしてしまう。
「なにー、うんって。まだ全部言ってないけど? 高瀬、知りたいんだろ? 俺が、お前のどこが好きなのか」
視線をそらしたまま逃げることも出来なくて、顎に手をかけ無理矢理に再び羽鳥の瞳に囚われる。高瀬の真っ赤になってる表情に満足がいったのか、人の気も知らないで、羽鳥は楽しそうだった。
無論、今日まで羽鳥の気も知らないで好き勝手していたのは高瀬の方だった。
甘く、蕩けるような仕返しをされている。
「俺は、ただ写真が好きなだけで、才能なんて正直どうでも良かったし、自分が撮る写真は自分だけのもので良かった。――でもな、高瀬が……お前が、掲示板に貼ってる俺の写真見て、笑って、幸せそうにしてたから。誰かのために撮るのも悪くないって、思った」
「俺の部屋置いてった、あの写真って、前にお前が言ってた写真?」
「そう。俺の一番大切な写真。オリジナルは売られたけど。高瀬が見たそうだったから、餞別のつもりで焼いて置いてきた。せいぜい昔の自分の蕩けた顔みて恥ずかしがれって、嫌がらせのつもりもあったけど。ま、今となっては、俺だけの秘密にしておけば良かったな」
「俺は、見れて……良かったよ。恥ずかしかったけどな」
大好きって気持ちが、ちゃんとそこには写っていたから。
「こんな写真が、自分にも撮れたんだって嬉しくて。お前が笑顔を向けてたのは、俺じゃなくて、俺が撮った写真だったけど、それでも、嬉しかった。こんなに作品を愛してくれる人がいるなら、写真を仕事にして生きていけるんじゃないかって、そう思えた」
ただの口説き文句なのに、高瀬の初めての恋は刺激が強すぎて簡単にメロメロになっていた。
「だから、お前は、俺にとって十分魅力的だし、好きな人なんだよ、納得出来たか?」
嬉しかった。自分が羽鳥が写真を続ける理由になっていたことも、陰ながら羽鳥の力になれていたことも。
「納得……した」
「俺は、お前と愛しあいたいよ」
羽鳥は高瀬のぐちゃぐちゃになった髪を気障ったらしい顔で指ですいた。多分、高瀬を恥ずかしがらせるために、わざとやっている。
「は、羽鳥って、やっぱり見かけによらずロマンチストだよな」
「お前は、見かけによらず即物的だよ、何が、俺のこと気持ちよくさせる自信がないだよ? 童貞のくせに。初心者は初心者らしく、寝っ転がってたらいいんだよ」
口説かれ慣れていなくて茶化すつもりで言ったのに反撃された。返す言葉もない。
「気持ちよくなりたいだけじゃねーよ。高瀬のこと知りたいって思ったら、触りたくなんだよ、お前は、好きだったら、俺のこと知りたいって思わねーの?」
いつもは自分が羽鳥の世話をしているのに、今は、なんだか高瀬の方が、しょうがないなと、羽鳥に世話を焼かれていた。
なんだか、それでバランスが取れている気がした。
「……あぁ、それなら、分かる。俺も、羽鳥のこと、もっと知りたいよ」
「じゃあ、いっぱい知って?」
死ぬほど恥ずかしい思いをしたけど、羽鳥に、自分の気持ちを伝えて本当に良かったと思えた。
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