金魚と嘘つき

第14話

ミカを自宅まで送って事務所に戻ってきたら宮下が出社していた。訊ねると高瀬とミカが外に出たのと入れ近いだったらしい。

「休日出勤お疲れさま。ミカちゃん送った後直帰でも良かったのに」

「今日仕事片付けて、明日休みにした方が効率いい気がして」

 宮下は事務所にずっと一人で話し相手を求めていたらしく、高瀬相手に雑談を続けた。高瀬は自席に座ってパソコンを起動する。


「ねぇ高瀬くん。そういえば金魚は、もう飼ってるの?」

「え?」

「この前、飼うって言ってたから」

「いえ、まだ」


 既に水槽は床下に設置していたが水も入れていないし、穴は開きっぱなしだ。これから本格的に冬になる前には穴を塞がないと、さすがに羽鳥に文句を言われる。


 ――いつまで、羽鳥はいてくれるだろうか。


 仕事が落ち着くまでは住めと言ったが強制は出来ない。それなのに、いつの間にか、ずっと羽鳥があの家に住んでくれる気でいた。

 約束なんてしていないのに。

 急に不安が押し寄せてきた。

 羽鳥は過去、自分の撮った写真が不本意に使われたことで酷く傷ついている。スランプに陥るくらい。

 羽鳥が、もしミカの写真が雑誌に載ることを知ったら、また傷つくんじゃないかと思った。

 気づいた瞬間、いてもたってもいられなくなる。

 慌ててカバンから携帯を取り出して羽鳥に連絡を入れる。メッセージアプリに既読はつかず、電話をかけても留守番電話サービスにつながって羽鳥は出なかった。

 撮影に出かけているならそれでいいし、邪魔するなって怒られるならそれでもいい。

 もし、羽鳥が出て行ってしまったら?

 まだ何も自分の気持ちを伝えてない。

 一言じゃ足りない、好きって気持ち。

 説明に時間がかかるかもしれないし、話しているうちに呆れられるかもしれない。けれど、ちゃんと今の自分の気持ちを伝えたかった。

 この先、また羽鳥のことばかり思い出して、空を見上げて後悔ばかりを重ねたくはなかった。

 今回のスキャンダル写真が、羽鳥の意にそぐわない使われ方だったとしても、ミカはあの写真で傷ついたりはしていない。写真自体は喜んでいたことを伝えたかった。

 過保護だって、親バカみたいだって笑われてもいい。

 今すぐ羽鳥と話したい。


「宮下さん、すみません、やっぱり今日は帰って明日午後出勤にします」

「え、どうしたの急に」

「――今度こそ、猫を、最後まで飼いたいんです」

「え、金魚やめて猫にするの?」

「両方です!」


 我ながら、何を言ってるのか分からない。

 猫と金魚飼ったら喧嘩するわよ? と宮下に言われながら、慌ててカバンをひっつかんで、家に帰った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る