スキャンダルの代償

第12話

高瀬は羽鳥と再会するまで、自分の仕事にある程度割り切っている部分があった。

 やりたいこと、出来ること、出来ないこと。

 誰もがする「自己分析」の結果、マネージャーの仕事を選んだ。

 人を支える仕事が向いている。ある意味マネージャー業は天職。

 本音を言うなら大手の芸能プロダクションに入社して、テレビで名前を見かけるようなアイドルのマネージャーをやりたかった。

 けれど新卒でコネも実力もない。だから、まずは弱小でもいいから経験を積んで、それから転職。

 将来は、ほんの一握りの輝く星を支える存在になりたい。

 純粋なんだか、不純なんだか。自分でもよく分からない。野心的というより夢見がち。普通の・・・学生が考えている未来なんてそんなものだろう。


 事務所の入社試験の面接では本音を隠し「この会社で大きな仕事がしたいです!」とか薄っぺらな志望理由を並べ立てた。

 もちろん、そんな高瀬の甘い考え方など最初から社長に見抜かれていた。社長は嘘がつけないところや、夢見がちなところを買ってくれた。

 社長には、裏表なく真正面から向き合ってくれる人間が自社のアイドルの担当をすれば、底辺でくすぶっているアイドルも「隠れた本当の才能」が開花するかもしれないと言われた。

 だから高瀬は小さな事務所で「君も、いつか」と口では可能性を語っていたし、努力では埋められない部分があることについては、いつも見て見ぬ振りをして、全力で応援していた。

 努力では埋められない部分。

 それが割り切っている部分だった。


 けれど羽鳥に再会してからは、その「いつかの可能性」を本気で信じるようになった。

 明日、世界が変わる。

 その、きっかけや運命ともいうべき瞬間があるんだって、羽鳥が教えてくれた気がした。

 羽鳥は笑うかもしれないが、結局いつだって高瀬にとって羽鳥は神様でしかない。自分と変わらない普通の人間だって知った今でも、面と向かって気持ちを伝えようとすると、高校生のあの日と同じ気持ちになってしまう。

 どんなに言葉を尽くしても上手く伝わらないし、気持ちは次から次へと溢れた。

 そして、そんな高瀬の好意は、気付けば一方通行ではなくなっていた。

 羽鳥は飽きもせず高瀬の写真を毎日撮って、楽しそうに高瀬のそばで息をしていた。同じ家で当たり前のようにいる。

 もう以前のように後悔と共に思い出すばかりの人ではない。好意を伝えれば、いつも何かしらの反応が返ってくる。

 羽鳥は野良猫のようで気分屋。

 でも朝起きて仕事に真面目に行くところと、時間と約束をきっちり守るのは猫と違う。

 猫のように気まぐれなのは写真を撮るときだ。シャッターを押すタイミングは高瀬には分からない。好きにすればいいと言ったら、不意打ちばかり。

 高瀬が「お前の写真が好きだよ」と言うと、羽鳥は、そっけない反応だけど毎回嬉しそうに笑う。

 高瀬が向けた好意の分だけ、ふわふわと綿菓子みたいな気持ちを返してくれる。

 神様の正体を一つ一つ知るたび、羽鳥が自分に向けてくる感情に答えを返せないことが酷くもどかしいと感じ始めた。

 羽鳥にもう一度会わなければ、こんな気持ちになることは無かった。

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