アミニズムの囁き

@kairi_ashima_93

第1話 飛翔する火薬、陽光の収束

差し込む陽光を針葉樹の枝葉が遮り、その限定された光の下にソイツはいた。


 黄土色の粘土のようなのっぺりとした巨体に、3対の人間に近い脚、前脚と中脚の付け根に天使のような羽が生えたソイツは、自身の象のような尾を追いかけその場を周りながら、時折陽光に向かい大きく口を開けて、チェンソーの駆動音のような音で笑って見せた。

 渾沌(こんとん)である。


 俺はそこから少し離れた樹の幹を背にし、おそるおそる覗き込みながらその様子を観察していた。

 上着のポケットから木箱を取り出し、蓋を開ける。

燻った鉄分の香りが鼻腔をくすぐり、入っていた火薬を一瞥する。

(大丈夫、この湿度なら問題ない)


 渾沌の翼に意識を集中し、頭の中で掌の上の火薬と差し込む陽光に命令する。

(集束せよ)


 命令を皮切りに、火薬は風に乗りヒラヒラと混沌の背中へと忍び寄る。

 そして到達と同時に眩い光に晒される。


 燃焼の3要素、つまり酸素、発火点以上の温度、可燃物。

 酸素は十分に満ちており、言霊で陽光を絞り温度は上昇、可燃物は運んだ火薬とヤツの翼だ。


 瞬間、空気が炸裂し、渾沌は火炎に包まれた。

 巨体を捩りながら叫ぶ声は怒気を含んでいる。

 渾沌は地面に翼を擦り付け、消化を試みているようだが、俺は続いて火炎に命じる。

(外へ這い、内に満ちろ)


 見えないガソリンが垂らされているかのように、火炎は翼から脚先にまで延び、その体躯の全てを包もうとしている。

 同時に燃焼により朽ちた翼の付け根から火の手が侵入し、体内で燃え盛ろうとしている。

 もはや焼死は時間の問題であった。


 のたうち回っていた渾沌は正気を失い、唯一火炎に包まれていない後ろ脚で闇雲に駆け出す。

 そこに鎮火に至る水源などないのに。

 だがしかし不幸なことに、渾沌が目指したのはたまたま自身が身を隠す樹木の方角であった。


 言霊の行使には多大な集中力が必要となる。

 まして内外2点の火炎を操作するなど、並大抵の言霊師に出来ることではない。

 望月は並大抵の言霊師ではなかったが、それでも回避行動を取るには、火炎の操作を中断せず他なく、ち鎮火してしまえば、自身は容易に渾沌の巨大な身体に押し潰されるだろう。


 故に目を閉じ、強く念じる。火炎よ猛ろ、と。

 火は勢いを増す。

 しかし、渾沌の足音は先程よりも大きくなり、地面越しに伝わる振動が接近を意味していた。

(あと少し...あと少しで...)


 直後、背にした樹木に衝撃が加わる。

 それは伝播し、俺は吹き飛ばされる。

 肺腑の酸素は衝撃で吐き出され、呼吸しようにも上手く機能しない。

(もはやこれまで...)


 その諦観を押し潰すように、渾沌が最期の声を振り絞り、横腹から地面に倒れ込み絶命する。


 薄れゆく意識の中、ポケットのスマホが振動していることを知覚し、そこで俺は意識を手放した。

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