第35話

「ヒルダ」


「どうしたんですか、先輩?」


平然として、普段通りに呼んでいるつもりだが、鼓動が速くなっている事に自分でも気づいていた。


振り返った彼女に、次に繋ぐ言葉が浮かばない。


こんな事態は初めてかもしれない。


「…………」


「先輩?」


「あ、いや……。

先月、貸してくれた本があっただろう?返すのが遅くなってすまなかった」


「あ。そうでしたね。でも、大丈夫ですよ。

……楽しんでもらえましたか?」


本を渡す手が少し震える。俺にとっては珍しい事だ。


「ああ。だから―――」



★★★


『わあ。素敵な栞です!』


あとで見てくれ、と言ってしまった事は、少し後悔していた。


『栞は…押し花にしたものなんですね。ありがとうございます、先輩!』


彼女は喜んでくれただろうか?もし、喜んでいたなら、その姿を見れなかったのが惜しい。


ただ、あの場にいたら、自分の気持ちを抑えられたかわからない。


彼女の姿を思い浮かべ、少し緩んでしまった表情を隠すためにひとつ咳払いをする。

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