年下婚約者に甘えられて困ります!

大井町 鶴

年下婚約者に甘えられて困ります!

パールは馬車の中で揺られていた。今はレッジ伯爵家へと向かう途中である。


「はぁぁ〜。今日は何するんだろう?鬼ごっこかな?かくれんぼかな?」


タメ息をつく。今日も動きやすいワンピースを着ている。


「ホントはドレスを着たいのになぁ~」


またタメ息をついた。


パールには7歳下の婚約者がいる。パールは今15歳だから年下の婚約者は8歳ということになる。


年下の婚約者ワーズはまだまだ身体を動かして遊ぶのが好きで、定期的な交流の機会は大抵、かくれんぼや鬼ごっこなどに付き合わされる。


15歳のパールにとっては今さら鬼ごっこやかくれんぼなどしたくはない。キレイなドレスを着て、美味しいスイーツを食べながらお茶をしたい。


だが、父からはワーズのしたいことに合わせてあげるように強く言われていた。


パールの実家であるオポザ伯爵家当主とレッジ伯爵家当主は幼馴染で親友である。だから、やたらとワーズのことを気にかけていて、パールに面倒を見るように言ってくるのだ。


「婚約者がリードなら、歳もピッタリで話も合うのになぁ」


リードはレッジ伯爵家の養子だった。オポザ伯爵家にパールが次女として誕生すると、なかなか子どもに恵まれなかったレッジ伯爵家は焦り、親戚筋からリードを養子として迎えていた。


リードは賢く見た目もシュッとしていたし、マナーもしっかりしてスタイリッシュだったから、パールは彼を気に入っていた。


「今日、リードは屋敷にいるのかな?」


独り言を言っていると、レッジ伯爵家に着いた。


ワーズが満面の笑みで出迎えてくれる。


「いらっしゃい! 今日は何して遊ぶ?」


ワーズは膝丈のハーフパンツにシャツといったカジュアルな服装で、アクティブな遊びをする気満々だ。


「……今日は何しようか~?」


どうしても自分がお姉さんにならなくてはならず、ストレスが溜まる。


家に帰れば、3つ年上の姉ダイアがいるが、18歳のダイアはいかにもお姉さんタイプで、甘えん坊のパールの面倒を良く見てくれる。


(うう~、私も甘えたいのに~)


パールは甘えられるような年上男性の婚約者に憧れていた。


(今日も、子どもの遊びかぁ~。たまにはオシャレにお茶会したいのに…)


心の中で文句を言っていると、爽やかな声が聞こえた。


「やあ、いらっしゃい! 今日は僕も混ぜてもらおうかな?」


声の主は、リードであった。ホワイトシャツにタイをつけ、ペールブルーのスラックスを履いたリードはとても優雅に見えた。


「リード、こんにちは。今日は訓練では無かったのね?」

「ああ。今日の騎士訓練は休みなんだ」


リードは男子校である騎士養成学校に通っていた。数年前まではパールと同じ学園に通っていたのだが、ワーズという実の子が生まれたこともあり、次期当主はワーズに決定されると、騎士として身を立てようと学校を移ったのだ。


全寮制なので平日は屋敷にいることはないが、週末や長期休みには屋敷に戻って来る。今日は、夏の長期休暇に入っているのでリードがいてもおかしくはなかった。


リードは、パールとワーズの背中に手をやると屋敷の中へと案内する。


(背中にリードの手が……大きいな)


リードに触れられた部分が熱く感じる。


実は、リードはワーズが生まれるまでパールの婚約者でもあった。と言っても、パールが7歳までの婚約者だったのでお互いに婚約者という認識はほどんどない。


それでも、成長してリードが男らしくなってくると、妙に意識してしまう。リードはこちらをどう思っているか分からないが会う機会があると、パールに優しくしてくれる。


「パール、今日のワンピース、僕のスラックスと同じカラーだね。おそろいみたいだ」


サラリとリードが言う。リードは、こういった言葉を平気で言う。パールはリードの言葉に振り回されてしまいそうになる。


「さあ、庭に着いたね。ワーズ、何をして遊ぼうか?」

「今日は、“借り物競争”しよう!」

「借り物競争?」

「家庭教師から最近、流行っていると聞いたんだよ。ボクもやってみたい」


先日、王宮で開かれた舞踏会で“借り物競争”なるものが開かれたとパールも聞いていた。この国では舞踏会デビューは16歳からだから15歳のパールは出席できなかったが、16歳のリードは舞踏会に出席していた。


「お父様から聞いたわ。リードは借り物競争でとても人気だったんですって?」

「ああ、ははは……」


リードが頭に手をやりながら照れたように答える。


父から聞いた話だと、リードは“最もステキな男性を連れて来る!”というお題に令嬢が群がったとか。


(そうよね。リードってカッコイイもん。言動もスマートだし)


そこに、ワーズがパールをつっつく。


「お題を紙に書いて箱に入れよう。くじびきでお題を選ぶんだ!」


それぞれお題を書いて箱に入れる。箱の上部は手を入れられるように穴が開いていた。


「じゃあ、パールから選んで!」


ワーズがニコニコして言う。


「いいわよ。 コレにする」


紙を開くと“1番カッコイイ人をつれてくる”と書かれていた。


「あら、じゃあこれは……」


(カッコイイと言ったら、リードよね?)


横を見ると、ワーズとリードもそれぞれくじを引いて書かれている内容を確認していた。


「内容を確認したよね? じゃあ、よーいドン!」


3人はどこにも行くことなく、お互いに掴み合った。


パールがリードを掴み、リードがワーズを掴む。ワーズはパールを掴んでいた。


「え、これってどういうこと? それぞれのお題は何だったの?」


ワーズの言葉でお互いのお題の紙を見せ合う。


「パールが“1番カッコイイ人をつれてくる”で、ワーズが“憧れている人をつれてくる”、で僕が“カワイイ人をつれてくる”だな」

「つまり、パールが思う“カッコイイ”と思う人はお兄様で、お兄様はボクを“カワイイ”と思っているってこと!?」


ワーズがプンプン怒っている。


「パールはボクのお嫁さんになる人でしょ?なんでお兄様をカッコイイ人として選ぶの!?」

「えっ、だって、今のワーズだと“カッコイイ”というより“カワイイ”だと思ったから。リードだってワーズのことを“カワイイ”って思ってるみたいじゃない」

「うん、ワーズはとってもカワイイよ」


リードがワーズの頭をナデナデする。ワーズはそんなリードの手を払いのけた。


「ワーズ?」


キョトンとした顔でリードはワーズを見る。


「もう、ボクは“カワイイ”を卒業するんだ!」


プリプリ怒るワーズはやっぱり可愛かった。パールは年上の婚約者に憧れてはいたが、可愛らしいワーズのことは好きだ。ただ、まだ男性として見れないだけで。


「それにしても、パールが僕のことを“カッコイイ”と思ってくれたのは嬉しいな」

「あはは…まあ、幼い子とは違うし、褒める表現としては“カッコイイ”がふさわしいじゃない?」

「そこはストレートに“カッコイイ”からって言ってくれたら嬉しいんだけど」


リードがウィンクする。パールはまたドキリとした。


「ちょっとお兄様! ボクのお嫁さんにちょっかいださないでよね!」


ここのところ、ワーズは男らしい言葉を言うようになっていた。


「はいはい、ごめんよ。からかっただけだ」


(からかっただけ……そうだよね)


リードはまだ次の婚約者がいない。男子校に通っているせいもあり、令嬢と出会う機会は無い。


だが、舞踏会デビューした今年、リードはたちまち令嬢からもてはやされる存在になり、パールは複雑な気分になっていた。


(リードを好きになる令嬢はたくさんいるかも)


微妙な気持ちでいると、いまいち盛り上がらなかった“借り物競争”が終わる。そもそも3人で借り物競争をすることにムリがあるのだ。


結局、いつもの鬼ごっこやかくれんぼをして遊ぶことになる。


リードが鬼になると、ワーズは本気で逃げ回ったせいかもう眠そうだ。ワーズはやはりまだ子どもだった。


休憩をしようとガゼボに用意されたお茶とお菓子を堪能する。やっと、パール好みのお茶会ができた。


「ふう………」

「疲れた?」


ワーズが聞いてくる。


「まあ、身体を動かすと疲れるわよね」

「ボク、まだ全然、平気だよ! お兄様は疲れたんじゃない?」

「ん? 僕は騎士科だよ?疲れるわけないよ」

「ふーん、そうなんだ」


なんとなく悔しそうなワーズが可愛らしい。


お茶を飲んでお菓子をつまんでいるうちに、ワーズがウトウトしだした。


「ワーズ、眠い?」

「眠く無いよ……だけど、少しだけ横になりたいかな」

「よし、じゃあちょっと休もうか」


リードがしゃがんで背に乗るようにワーズに言う。ワーズはリードの背におぶさった。こういう時は小さな子らしく、素直だ。


おんぶされたワーズにパールも付き添ってワーズの部屋へとついて行く。


ワーズをベッドに寝かせると、ワーズの寝顔に幼さを感じた。寝顔に見入っているとベッドに腰掛けていたリードがパールにも座るようにベッドをポンポンと叩いている。


少し距離をはなしてパールもベッドに腰掛けた。


「いつも交流の日はワーズ好みの鬼ごっことかしているの?」

「そうね。お父様に合わせてあげるように言われているし。ワーズはまだまだ身体を動かす方が好きだから」

「君は、お茶とかショッピングに行きたいと思っているんじゃない?」

「…まあ、そうね。でも仕方ないわ」

「今度、街で買いたい物があるんだ。付き合ってくれない?」

「え…?でも……」

「ワーズを連れて行くと、途中で飽きちゃうからさ。2人でサクッと」

「確かにね………いつ行くつもり?」

「このまま、出ちゃおうか。ワーズが寝ている間にワーズが好きなお菓子を買いに行くといえば許されるんじゃない?」

「え、そうかな…」

「君ってマジメだよね」

「え、一応、私はワーズの婚約者だし」

「以前は僕の婚約者でもあったよね。でも、今は未来の義理の兄。兄妹同士で出かけるのはおかしくはないだろう?」

「まあ、そうだけど…」


(なんでワザワザ、“以前は僕の婚約者でもあった”なんて言ったのかしら?)


腑に落ちないながらも、ワーズがお昼寝をしている間にパールはリードに連れられて街に買い物に行くことになった。


馬車に乗ると馬車の中は2人きりで何となく気恥ずかしい。


「緊張しているように見えるけど?」

「いつもは3人でいることが多いから変な感じがして」

「そうか」


リードは馬車の窓枠の縁に腕を置いて外を楽しそうに眺めている。なんだか余裕があって悔しい。


「どこに行こうとしているの?」

「うん? 令嬢はキレイなものが好きだろ?今、話題のドレス店にオシャレな小物もあるって評判らしいよ」

「へぇ、そうなの? なぜ男子校に通うあなたが知っているの?」

「男子校といっても婚約者のいる生徒はいるし、週末のデートなんかで行くらしいから」

「ふ~ん」


(なんで、デートで行くようなところに私と行こうとするんだろう…)


ドキドキしてしまう。


お店に着くと、馬車を降りた。降りる時もしっかりと手を差し出してくれた。


「ありがとう」

「さあ、店の中を見てみよう」


店に入ると、パールは目を輝かせた。


「ステキ! あの真珠のアクセサリーかわいい!」

「パールに真珠ってピッタリだよね」


小粒なピアスを手に取ると、そのまま店員にプレゼントとして包むようにリードが言う。


「誰かにプレゼント?」

「君にだよ。いつもワーズのために合わせてくれてありがとう」


キレイにラッピングされたピアスを受け取る。


「…ありがとう」


リードの言葉は、感謝の言葉であって特別な意味はなさそうなのに、スマートな振る舞いが大人の男性みたいに感じる。


ほかにも店の中を見ていると、男性物の洋服なども置かれていて楽しいショッピングとなった。


店を出ると、夕方に近い。


「ワーズが起きているかも」

「このまま君の屋敷まで送って行くよ。屋敷に戻ったら君の帰りは夜になってしまう」

「うーん、そうね。ワーズに上手く言っておいてもらえるかしら?勝手に帰ってしまう形になったから」

「ああ」


リードがパールを馬車に乗せるために手を取ろうとした時だった。


「パールッッ!」


近くに馬車が停まったかと思うと、怒ったワーズが降りてきた。


「ボクがちょっと眠っていたからって、2人で出かけるなんて!お兄様はボクの女性に手を出さないでくれ!」


ワーズはパールの手を取ると、グイグイ引っ張って自分の乗って来た馬車にパールを乗せる。


「ワーズったら。手をムリに引っ張ったらあなたの力でもちょっと痛いわ」


ワーズはハッとして手を離す。


「ゴメン………このままパールの屋敷まで送って行くから」


窓からは困ったような顔のリードが見えた。リードを残して馬車が動き出すと、ワーズはパールの膝に頭を乗せる。


「ワーズ?」

「なあに?」

「さっき、男らしい言葉を吐いた割に、膝に頭を乗せて甘えるなんてやっていることがチグハグね」

「うんと遊んで、うんと寝て、うんと勉強して…色々頑張ったら早く大きくなれると、家庭教師に言われた。だから、ボクはそれを実行しているんだ」

「この膝枕は何なの?」

「これはいいんだよ。だってパールはボクのお嫁さんなんだから!」

「未来のね?まだ結婚してないでしょ?」

「だから、急いで大きくなってお兄様ぐらいの歳になったらすぐにパールと結婚するんだ」

「焦らなくてもいいのよ」


プンスカしているワーズは可愛い。そのままワーズに送られて帰宅したのだった。


屋敷に戻ってリードが贈ってくれたピアスを改めて眺めた。


「ステキ。年齢の差って大きいわよね……」


ピアスをジュエリーボックスにしまう。パールの心はどうしてもリードに惹かれていた。


................また毎月の交流の日がやってきた。


パールも学園の課題に忙しく、気付けば交流の日から1ヶ月が経っていた。


レッジ伯爵家につくと、たった1ヶ月なのにワーズの背が伸びていた。


「すごい!本当に育ちざかりね!」

「ふふん、どうだい?」

「といっても、私の肩よりもまだ小さいけどね」

「これから抜かすんだ」

「そうよね、きっとあっという間に抜かされるわ」


リードの時もそうだった。


「今日は、リードはいないのね?」

「お兄様が気になるの?」

「そういうわけじゃないけど、まだ長期休暇中でしょ?うちの学園も休みだし、まだ屋敷にいるのかなって思ったの」

「お兄様はデートだよ」

「え?デートって、あのデート?」


(ワーズは、デートって意味分かって言っているのかしら………?)


「そうだよ。デートの意味ぐらい分かっているよ」

「リードって恋人がいたの?」

「恋人かどうかは知らないけど、最近はよくデートしているよ。舞踏会でたくさんの令嬢から手紙をもらったんだって。一通りデートして恋人見つけるんじゃないの?」

「……そんなことするタイプだったかしら?」


パールの知るリードは、マジメでどちらかというと奥手なタイプの人間だ。男子校に移ってから女子がいない分、友達つくりに精を出しているのかもしれないが。


「パール、今日は街にお買い物に行こうよ」

「え、鬼ごっことかじゃなくていいの?」

「もう鬼後っことかは卒業した!パールはお買い物とか、お茶とか好きなんだろう?」

「まぁ、どちらかと言うと……」


ワーズを寝かした時にパールとリードの会話を聞いていたのだろうか。パールは気マズイ思いになる。


「前回の交流の日は、途中で眠くて寝ちゃったけどお兄様との会話はしっかりと聞いていたからね。 ゴメンね。ボク、いつも自分の遊びたいことばかりパールにリクエストしちゃってて」


ウルッとした瞳でワーズがパールを見ながら言う。


「ワーズ、年相応ってものがあるのだから仕方ないわ。ムリして大人にならなくていいのよ。鬼ごっこだって楽しいわよ」

「いーや、お兄様に街に誘われてパールは嬉しそうだった。寝てても分かった」

「ワーズって超能力者みたい……うふふ、私のこと、好きなのね」

「当たり前だろ」


小さい男の子なのに一丁前に男らしい言葉を言うので笑ってしまう。


街に着くと、先に降りたワーズが手を差し伸べてくれた。


「あらまあ、紳士!」

「ふん、小さくたって紳士になれるんだぞ」


すっかり紳士気取りのワーズの手に軽く触れて馬車から降りる。そのまま手をつないで街を歩く。


「で、今日はどこにいくつもりなの?」

「えーと、まずは公園でのんびりしよう。それが流行っているんだって」

「へぇ。良く知っているのね」


公園に着くと、確かに多くのカップルや家族が敷物の上に座ってくつろいでいた。


パール達も大きな木の下に敷物を敷いてのんびりとする。


「パール、膝貸して」

「え?」


返事をする間もなくすぐにゴロンとパールの膝にワーズが寝ころんだ。


「眠いの?」

「そういうんじゃない」

「?」


寝転がって目を閉じるワーズは幼いながらもだんだん男らしい顔つきになってきていた。目を閉じるとまつ毛で影ができている。髪を撫でるととてもやわらかい。


「天使みたいな金髪ね。とてもキレイだわ」

「パールだってとてもキレイな金髪じゃないか」

「褒めてくれてありがとう」


平和な時間を過ごしていると、目を閉じていたと思ったワーズが声を上げた。


「あ……お兄様!」


男女の集団が通りかかったところだった。パールもそちらへと目をやれば、リードが男友達と共に令嬢の腰に手を回しながら歩いていた。いわゆるイチャイチャした雰囲気に見える。


ワーズの声にリードもこちらに気付いた。


「あ!ワーズとパールじゃないか!」


リードは一緒にいた令嬢の腰から手を放すと近寄って来た。


「ワーズ達は日向ぼっこかな?」

「違うよ、デートだよ」

「はは、デートか。僕達もデートしてたんだ」

「リード、あの令嬢はあなたの恋人?」


パールが聞くと、リードは肩をすくめた。


「いや、友達だよ」

「友達とデートって?」


聞きたいと思ったことをワーズが聞く。


「はは、ワーズはまだ小さいから理解できないかもしれないけど、僕くらいの年齢になると恋人じゃない令嬢ともデートを楽しむんだよ」

「ちょっと、リード!ウソを教えないで」

「ゴメンゴメン、ワーズはパールに一筋でいないとな」

「そういうことじゃなくて!…間違った倫理観を教えないでと言っているの」

「ホント、パールはマジメだなぁ。恋人をつくると言っても、僕らみたいな男子校に通う生徒は、デートに誘わなきゃ仲も深められないじゃないか」

「腰に手を回すほどだから、かなり親しく見えたけど?」

「そうかな?」

「おーい、誰と話しているんだ?紹介してくれよ」


リードと一緒にいた男子が話しかけてくる。令嬢達もつられて寄って来た。


「おお、この美人な令嬢は誰だよ?」

「弟の婚約者だよ」

「あらまあ、ということはこの可愛らしい坊ちゃんが次期レッジ伯爵になるの?」


急に令嬢達が関心を持ち始めた。


「まあ、そうだね。 君達、ワーズに急に関心持っちゃって、ヒドイなぁ」

「だって未来の伯爵様だもの。でも、また数年後にお会いしたいわ」


そう言うと、令嬢はリードの腕にしなだれかかる。リードはまんざらでもない様子で腰に手を回した。


「オレはこちらのパール令嬢に惹かれるな。キレイな金髪で目も大きくてカワイイ!」

「ちょっと!」


リードの男友達は一緒にいた令嬢にどつかれた。


「冗談だって~、でもさ、まあ未来の伯爵様とは年齢差があるようだし、買い物とかいつでも付き合うからさ。ボクはまだ飽きちゃうだろ?」

「そんなワケないだろ。ボクの大事な未来の妻に失礼なことを言うな!」

「おお、男気あるな、お前の弟!」

「それぐらいにしとけよ。ワーズは賢いからお前のことをしっかりと覚えているぞ」

「それは、マズイ。すみません、未来の伯爵様」


頭を下げるが、ふざけた様子だった。パールはなんだかムカムカしてしまい、その場にいるのがイヤになる。


「ワーズ、もう行こう?」

「コイツがきちんと謝罪したらね」

「ワーズ…!」


騎士科に通うリードの男友達はガタイがよくワーズから見れば、岩のように見えるに違いない。ワーズはひるまず主張している。


(こんなに小さなワーズが自分よりも大きな男性にしっかりと意見を言うなんて)


思わずジーンとしてしまう。


パールはワーズの手を取り、敷物を侍女に片付けるように言った。


「パール、イヤな気分にさせてゴメン」


リードが小さな声で話しかけて来る。


「男子校のやつらはさ、女子に飢えているんだよ。多めに見てやってくれ」


(あなたもじゃないの?)


と思わず言いそうになって言葉を飲み込んだ。リードは紳士だと思っていたが、すっかりまわりに感化されているらしい。リードにしなだれかかった令嬢の耳元にはパールがリードにプレゼントされたのと同じピアスが輝いていた。


ワーズの手を掴んでその場から逃げるようにして去る。


「また、今度ね~!」


リードの男友達は懲りずにパールに声を掛けていた。


「ちくしょう、ボクが子どもだと思ってなめやがって」

「ワーズ、どこでそんな言葉を覚えたの?」

「お兄様だよ。騎士科の連中は口が悪いんだ。女性に対しても不誠実だな」

「なんか、ワーズが言うと、笑ってしまうのだけど」

「あ、パールもボクを子どもだと思って!」


ワーズがプンプンする。


「うふふ、だけど、さっき、すごーくカッコ良かった!やっぱり1番カッコイイのはワーズね」

「え、そう??」


途端にパァっと顔を輝かせるワーズはまだ子どもらしかったが、パールはワーズの未来に期待してしまう。


「ワーズ、私、結構年上じゃない?同年齢の女の子が気にならないの?」

「話が合わないよ。ボクの会話について来れないし。ボクはパールがいいの」

「でも、ワーズが大きくなったら、私も歳をとるわけで……その頃にはもっと同じ位の年齢の子がいいと思うかも……」

「もう、さっきから何を言っているんだよ!ボクはパールがいいの。信じていて。これからずっと証明していくから」

「証明だなんて、ホント、そんな言葉も良く知っているわね」


笑いながら街を歩いて行く。手をつないでもまだ身長差のある2人は姉弟にしか見えないかもしれない。だけど、こんな小さな子が自分を守ってくれるというのだ。パールはワーズの成長を見守りたいと感じた。


「じゃあ、約束ね。私、ワーズがもっと大きくなるまでちゃんと待っているから」

「当然だよ。ボクだって大きくなろうと色々と頑張っているんだからさ」


生意気なことを言っているが、パールは頼もしく思ったのだった。


.......................それから7年後、ワーズが15歳、パールは22歳、リードは23歳になった。


「パール、はい、バラの花束」


今日はパールの屋敷にワーズがやって来ていた。


「ありがとう、とってもキレイなバラね」

「パールの唇の色みたいだろ?すごくキレイだったから」

「え…もう、相変わらずどこでそんな言葉を覚えて来るの」

「学園かな」


ワーズも学園に通う歳になっている。パールは学園を卒業しているので、屋敷内のことを手伝っていた。


「学園生活はどう?」

「何を今さら聞くの?いつも通りだよ」

「いえ、さっきみたいなキザな言葉を教えるような子がいるのでしょう?」

「もう、パールったら。お母様みたいな言い方しなくてもボクはもう大人だ」


(ガーン、お母様……)


「あ、お母様なんて言ってゴメン。いつまでもボクを子ども扱いするからつい。深い意味はないよ」

「そ、そう」


ワーズはすっかり大人っぽくなってカッコ良くなっていた。身長も180センチを超えている。小さい頃にたくさん遊んで、たくさん食べて、たくさん寝たのが良かったらしい。


(今のワーズならば、まわりの令嬢は放って置かないんじゃないかしら。来年は舞踏会デビューもあるし……)


「ねえ、来年の舞踏会デビューなんだけど、パールがパートナーになってくれないかな?」

「え、私?」

「そう。だって、パールの舞踏会デビューはお兄様がパートナーを務めたじゃないか。あれ、すごくイヤだったけど、ほかの男よりはマシだと思ってガマンしたんだ」

「そうだったの?」

「そうだよ、だから今度はボクのパートナーとして参加して欲しい」

「私が横に並んでもおかしくないかな?」

「なにいってるんだよ!パールはすっごくキレイだ!」


ワーズがパールの肩に顔をうずめるようにして抱きつく。


(まだ、こういうところがお子様なのよね……)


「パール、ボクがまだ子どもだから甘えていると思っているでしょう?」

「まあ、そうかしらね」

「やっぱり! 子どもの時は確かに年上のお姉さんに甘えるような気持ちがあったよ。今もそういう気持ちはあるけど、今はちょっと違う」

「何が違うの?」

「ボク1人だけのものにしたいって気持ちがあるってことが違う」


耳元で囁かれて、パールはドキリとした。パールを見つめる目はすっかり大人の男と一緒だった。


「……はいはい、照れちゃうような言葉をサラリと言わないの。心臓に悪いわ」

「これからはボクがパールを引っ張っていく。だけど、たまに甘えたい時は甘えさせてね」


プッとパールが噴き出した。


「分かったわ。いくらでも甘えて?」


以前は甘えられるのが得意ではなかったが、年月をかけて甘えられることがイヤではなくなっていた。


「あ、そうそう、お兄様だけど」

「リードがどうかしたの?」

「ようやく婚約が決まったんだよ。遊び過ぎて評判が悪くなっていたから良かった。格下の子爵令嬢に気に入られたんだ」

「それは、良かったわね」

「ボクもお兄様を無事、送り出せて安心したよ」

「ふふふ。もうどっちがお兄さんか分からないわね」

「お、パールがボクを認めてくれたぞ」

「いつでも認めているわよ」

「ウソつき」


ワーズはパールを抱きしめるとふわりとキスした。パールは一瞬、驚いたがワーズを受け入れる。


「すっかり大人の男性みたいになっちゃったね」

「そう思ってもらえて良かった。小さい頃、たくさん身体を動かした甲斐があったよ」

「ふふふ」

「あはは」


すっかりと頼もしくなったワーズにドキドキする自分がいる。パールはこの一途なワーズの側にずっと一緒にいようと誓ったのだった。

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