1 皇子は復讐のために回帰する

復讐のための回帰

 「約束します。

 10年後、俺が誰よりも貴方を幸せにすると。」



 「はい……。その約束、心からお待ちしています。キリクス様。」



 ハウオリの木々の新緑が風に揺れている。

 その下で、エリスの見事な金色の髪と、灰色の瞳がより鮮明に映し出された。

 彼女の瞳から、真珠のように美しい涙が次から次へと溢れ落ちていく。



 思わずエリスを抱き締めたくなった。

 けど、初対面でいきなりそんな事はできないから……

 代わりにエリスの手を取り、そっとキスをする。



 (こんなにも純粋な人、他にはいない)



 (俺の婚約者がエリスで本当に良かった)



 (幸せに)



 (10年後、俺はエリスを必ず幸せにしよう)





 *


 


 長い内戦によって衰退していたザイン帝国。

 その帝国の第2皇子であるキリクス・ザインは、身分の低い側室の子だった。

 そのため皇宮ではよく虐げられ、皇位継承権も持たない身だった。

 それにかつて皇帝に寵愛されていた母親は早逝そうせいしている。



 母親が亡くなると同時に、父親である皇帝はキリクスへの関心を失い、やがて離れていった。



 皇帝の正妻である皇后は、そんなキリクスを毛嫌いし、酷い罵声を浴びせ、体罰を加えた。

 皇宮で大人は誰もキリクスを助けてくれなかった。

 そんな中で唯一キリクスを庇ってくれたのは、皇后の息子である第1皇子のアドニスだった。



 「大丈夫か?キリクス。またお母様に何かされたんじゃないか?」



 「兄さん…大丈夫だよ。いつも心配してくれてありがとう。」



 「何言ってるんだよ。お前は俺の大事な弟じゃないか。」



 死んだキリクスの母親を汚いねずみのようだったと罵り、キリクスを臆病者だと嘲笑う皇后とは違い、その息子であるアドニスは、困っているキリクスをいつも助けてくれた。



 「誰が何と言おうと俺たちは兄弟だ。

 弟が誰かに虐められたら助けるのは当たり前だろ?」



 「うん。本当にありがとう、兄さん。

 いつか兄さんが困った時は、俺も兄さんの力になりたいと思ってる。」



 「そうか。だが、キリクス。

 恩返しするにしても、まずは大きくなることが先だぞ。いいな?」



 そう言いながらアドニスは、いつもキリクスの頭を撫でてくれた。

 意地悪なあの皇后の息子とは思えないほど優しい、よくできた兄。

 キリクスにとって、彼はなくてはならない、かけがえのない存在だった。



 (これから先、もし兄さんに何か困ったことがあれば必ず助けよう)




 ———その年の冬。

 近隣国に位置するオプスキュリテ帝国から、キリクス達への政略結婚の話が持ち上がる。



 帝国の狙いは、ザイン帝国の貴重な資源がせめぎ合う未開の領土。

 そこの広大で豊かな山脈。そこでしか採れない貴重な魔石となる原石。

 特に近年、魔石の原石の価値が、跳ね上がってきたせいもある。

 もしそれの独占権を得ることができれば、とんでもない巨万の富を手に入れられる。


 兄のアドニスは第1皇女のユースティティアを、弟であるキリクスには第2皇女であるエリスと婚約を結ぶようにと迫られた。



 オプスキュリテ側は、時期皇帝のアドニスと皇太子の可能性のあるキリクスの両方を押さえておけば、帝国自体を自分達の好きに操れると考えていた。

 そうしてやがては、ザイン帝国そのものを領土に取り込むことも視野に入れ始めた。

 衰退化するザイン帝国に拒否権はないも等しく、婚約話は瞬く間に決まってしまう。



 結婚の時期の目安は18歳、成人してからということになった。

 だがその前に婚約者としての顔合わせもあり、7歳になるキリクスは、アドニスとオプスキュリテ帝国を訪れた。





 その時に、オプスキュリテ帝国の城の庭で、キリクスは彼女と出会った。



 金色の髪と灰色の瞳をしている少女。エリス。



 その日は城に招かれ、婚約者のお披露目パーティーが行われていた。

 会場ではアドニスの婚約者である第1皇女のユースティティアが、優雅にダンスをしたり、食事を楽しんでいた。

 だが、キリクスの婚約者である第2皇女エリスは結局、顔合わせ以降会場には顔を出さなかった。

 それが。



 (どうしてこんなところに?)



 周りに侍女や衛兵の姿すらなく、エリスは1人声を押し殺すように泣いていた。



 「エリス…様?」



 急に現れたキリクスに驚き、エリスはビクッと肩を跳ね上げた。目が真っ赤だ。

 それを見られて、気まずそうにエリスは顔を伏せてしまう。



 外はすでに夜だったが、辺りは魔石で暖色に光り、遠くの風景までも鮮やかに映し出していた。



 よく見ればエリスの服はとても皇女とは思えないほど質素で、地味な緑色をしていた。

 しかも金の髪はボサボサで、顔には叩かれた後のような赤みがあった。



 「…まさか、虐められていたのですか?」

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