僕の本当の幸福は⑦


 冷たい床に、涙が雨粒のように滴り落ちた。



 「ごめんね。エステレラ………苦しかったよね。」



 エスピーナもあの男も加害者だが、結局は僕がエステレラを殺したのと同じだ。

 結局、助けられなかった。



 どんなに後悔しても、もう君はいない。



 どんなことになっても君を止めなかった僕が、殺したのと変わりない。

 床に膝を突き、ボロボロと泣き崩れて、もう二度と届かない、その言葉を吐いた。



 「あ…い…愛してた…のに。」



 君に好きだと言えばよかった。



 愛していると伝えれば良かった。



 何一つ、生きている君に、僕の本当の気持ちを伝えることができなかった。



 だから、君の気持ちも何一つ分からないまま。



 …ねえ、エステレラ。君は……



 僕の本当の幸福が何かを知っていた?



 僕の幸福は君と一緒にいることだった。



 もう君がいないなら、僕がこの先幸福になることは一生ないよ。



 僕の望んだ幸福は、君と一緒にいることだったから。



 君と結婚して、温かい家庭を持つ。君にそっくりの息子や、子供達に恵まれる。

 やがて月日が経ち、子供達が巣立っていく。

 その後は君とふたりで年老いて、どちらかが寿命を迎えるその瞬間まで、そばにいる。

 そんなありきたりなことが、僕の願いだった。

 



 「あらあら。ローアルったらまだ子供ね。

 そんなに泣きじゃくるなんて。

 けれど…わたくしに悪態ついたんだからしばらくお仕置きよ?」



 フォンセ副団長がいなくなってからも、エスピーナは、陰で暗躍する騎士団員を数人そばに置いていた。

 僕は拘束されて地下牢に閉じ込められた。


 

 光の差さない牢に閉じ込められ、必要最低限の食事しか与えられない日が続いたが、何も口に入れる気にはならなかった。



 死にたかった。



 死んで、もう一度エステレラに会いたかった。



 ……会いたい。

 優しい君の声を聞きたい。強く逞しい君の眼差しを見たい。

 温かくやわらかい君の体を抱きしめたい。



 エステレラ。



 今でも君を愛してる。だからそばにいきたい。



 君の側に逝きたい。



 僕にはずっと君だけだ…………



 





 暗く冷たい牢の中で僕はついに復讐を誓った。



 牢から解放されると僕は命など既にどうでも良かった。

 冷静にエスピーナの悪事の証拠を揃え、地下に監禁された貴族令嬢や少女たちを解放し、そのおぞましい事実、父親のアウトリタ皇帝を弑逆し、フォンセ副団長を闇に葬ったこと、宰相や国庫長を処刑したこと、高い税で市民を苦しめたこと、潔白な臣下や女官たちを暗殺したこと、エスピーナに癒着ゆちゃくしたトルメンタ帝国の貴族の腐敗などを、洗いざらい全国民に暴露ばくろした。



 トルメンタ帝国の後ろ暗い悪事は…僕も協力したと伝わるように噂を流した。



 ありとあらゆる悪事を国中に広めたことで、次々と反乱が起こった。



 そして———…



 「殺せー!!残虐非道な皇帝と、その愛人の卑しい皇子を殺せ!!」



 死刑場でトルメンタの民は僕らに石を投げ、声を高らかに処刑を叫んだ。



 ギロチンの先に転がっている、すでに斬首されたエスピーナの首を見て笑いが込み上げる。



 あの女が死んだ。エステレラを殺した女が。

 ざまあみろ。

 お前のためになんて、死んだって泣いてやらない。



 もうすぐで僕の復讐が終わる。



 唯一心残りだったのは、エステレラの死後すぐにあのディー・ハザック・ストレーガが不審死したということだけ……



 でも、もう今はそんなことどうでもいい。



 僕はもうすぐ死ぬ。



 …もし……



 もし、願いが叶うなら…



 もう一度生まれ変わって、またエステレラの側にいたい………

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