僕の本当の幸福は⑤
———しかし、それから何ヶ月もエステレラに会えない日が続いた。
エステレラ付きの新女官長に何度も嘆願したが、会うのは無理だと拒否された。
理由を尋ねても何の説明もない。
その頃僕がエステレラの情報収集のために顔見知りになった女官が何人かいたが、次に会おうとする時には、彼女らは実家に帰っただとか結婚したとかで二度と会うことはなかった。
何の前触れもなくいなくなった彼女らのことを不審に思いながらも、僕はエステレラに手紙を書いて東の宮のそばかすの女官に手紙を渡すようにと頼んだ。
1日だけ休暇を貰ったので、以前約束していたエステレラの髪飾りを買いに行こうと書いた。
———でもエステレラはその日、手紙に書いた時間に大庭園に現れなかった。
女官は手紙を確かに渡し、本人が了承したと言ったけれど。
「ローアル?」
そこに現れたのはエステレラではなくエスピーナだった。
何をしているのかと尋ねられてエステレラのこと話すわけにもいかず、休暇だから市街をブラブラしようと思ったと話すと、「それならわたくしも連れて行きなさい」と迫られたのだ。
結局、厳重な警備の元でエスピーナと市街に行くことになる。
「うふふ。ローアル、これだとまるでデートみたいね。」
市街をお忍びで訪れたエスピーナは本当のデートのようにはしゃいだが、僕はエステレラが手紙の場所に現れなかったことの方が気掛かりで、それどころではなかった。
貴族が通うという雑貨店に訪れた時に綺麗な琥珀色の石がついた髪飾りを見つけ、エステレラによく似合うだろうと思ってこっそり購入した。
だが、それも運悪く盗難に遭い、失ってしまった。
———あの時女官はエステレラに手紙を渡さなかった。
なぜなら渡したはずの手紙はエスピーナが持っていたからだ。
あのそばかすの女官は、エスピーナの回し者だった。
僕の書いた手紙をそのままエスピーナに渡していたのだ。
だからその日、エステレラは大庭園に姿を現さなかった。
しかも手紙は、全く別の日に渡された。
これから式典でもあるのかというくらい着飾ったエスピーナに大庭園に呼び出されて、キスをしろと不自然に命令された。
冬にも関わらず庭園には色とりどりの花が咲き乱れていた。スノードロップ、カトレア…ダリア…アネモネ…
そこにエステレラがいるとも知らず、僕は命令されて彼女を称賛して抱き寄せ、キスまでしなければならなかった。
いつまでこうしなければならないのか…好きでもない人と。
「…ローアル、キスは唇にするものよ?」
「…申し訳ございません。…ですが陛下はトルメンタ帝国の皇帝であり、帝国の華やかな太陽でございます。
そんな稀有な方に、わたしのような身分の低い者が触れるだけでも罪でしょう。
どうかお許しください。」
唇ではなく頬に軽く触れるだけのキス。
これ以上はできない。
僕がそうしたい相手はこの世に一人だけ。
この日のことを後からエスピーナはとても愉しそうに、その瞬間を物陰からエステレラが見ていたのだと白状した。
相変わらず非道な女だと思い知る。
それからも皇宮には様々な噂が飛び交った。
僕がエスピーナを好きだとか、エスピーナに相応しい身分を欲しがっているだとか。
全部でたらめだった。
けれど、どれだけ否定しても噂は波のように広がっていった。
その間にエステレラのそばには、ディー・ハザック・ストレーガ公爵が頻繁に付き纏うようになっていた。
その頃、自由に城を行き来できる権限を与えられるようになっていた僕は、前皇帝のアウトリタ陛下の弑逆事件や、フォンセ副団長の不審な死について独自に調査し、数々の証拠からエスピーナを疑うようになっていた。
親しくなった直後に姿を消した女官の数名が帝都から離れた河岸に遺体で打ち上げられて発見されたこともあり、それもエスピーナの仕業であることが判明している。
これ以上ここに居てはいけないと感じた僕は、密かにエステレラを連れて城を出ようと計画した。
けれど僕がエステレラに会う許可が下りず、そうしているうちにエステレラは今度は片足を失った。
その直後、僕にまた意味もなく男爵の爵位が与えられた。
どこぞの貴族が僕の才能に惚れ込み支援したのだという。
本来、トルメンタ帝国で賜る爵位とは、国や皇族に尽くした実績から与えられるもの。
何の実績もなく、まだ何も成し遂げてもいないのに突然与えられる爵位…
授与の説明もあまりに不自然だった。
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