近づく悪意⑦
少し怖かったが、心臓を抑えながら大丈夫なふりをして尋ねた。
「ディー様?
それが魔術ですか?何もないところから現れることができるのですね。」
初めて見る魔術に興奮する私を見て、ディー様はにこりと笑った。
「わたしが怖いか?エステレラ。」
「いえ…」
とは言え、この前の一件以来、ディー様のことはまだ信用しきれていない。
でも不思議と彼を見たら、つい縋りついてしまいそうになる。
まるで心を操られているかのように…
「すまない。遅くなってしまった。
それでエステレラ。この前の一件だけれど、まだその覚悟があるか?」
オッドアイの美しい双眼を見るたびに、希望を持ってしまう。
もうこれ以上ローアルが傷つくのを見たくない。
どうにかして彼を助けたいという気持ちが溢れ出す。
「はい…!お願いします。ディー様。」
「分かった。
では、再び聞こう。君の願いは何だ?」
「私は…ローアルに下民より上の身分が与えられることを望んでいます。
平民か、あるいは準貴族……
身分がないからと城の人々から軽視され、蔑まれたり、虐められたり、悲しんだりすることがないように。」
「では、ローアルに貧民より上の身分を買うとしよう。
それなら『対価』は君の身体の一部、例えば指の一本はどうだろうか。」
「!指なんかで身分が買えるのですか?」
「この帝国では金銭で身分を買うことが可能だ。
しかし、安くはない。
おそらくこの先どんなに君が頑張って働いてもきっと一生無理な話だ。
だから、何もない君が唯一差し出せるのがその健全な身体だ。
『対価』は少なくても指一本、人体の一部を魔術で切り落とし、それを必要とする『取引先』の人物と交換して身分を得るという方法を使う。」
「なんだか信じられませんが…私の指なんかが、本当に対価になるんですか?」
「ああ。魔術師の中には『人体の一部』を欲しがる者が数多くいる。それは時に金銭よりも値打ちがある場合もある。
しかも君の身体は若くて健康的だから、なおさら価値が高い。
そして取引されれば様々な用途で使われる。
しかしこの魔術はトルメンタ帝国では禁忌とされ重罪だ。
なので、これはわたしと君だけの秘密であることを覚えておいてほしい。
それにもしかすると、指だけでは済まない場合もある。
それでも、恐れずに取り引きをするか?」
指を……もしかすると、それ以上を失うかもしれない。
でも、無くなるとしても構わないと思った。
それがローアルのためになるなら。
覚悟を決めて私は頷いた。
「お願いします。ディー様。」
「…分かった。なら場所を移そう。」
長い銀の髪が揺れた。ディー様は目を伏せ、私の体を自身の方に引き寄せた。
そうして術を唱え始めた——
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