第66話
その晩、屋敷に帰ったユリウスが大慌てしたことは言うまでもない。妻が出ていき、身に覚えのないものが隠し部屋にあったからだ。
「あの隠し部屋には数年間入っていないのに、なぜあんなものがあったのだ……っ!! くそっ、誰かにはめられたに違いない……っ!!」
しばらく放置していた隠し部屋に、妻の親友の下着入れがあったなど、これ以上ない醜態だ。
猫足の引き出しを蹴り飛ばして破壊し、おろおろする執事を怒鳴りつけ、ユリウスは荒れ狂った。
騎士団長の屋敷に入り込み、隠し部屋に下着入れを設置するなど、できる人間は限られている。忌々しいゴミ屋敷令嬢本人にそのような力はないはずだから、もっと位が高く、実力を兼ね備えた人物の仕業であろう。果たしてその人物は――――
「誰がッ! いったい何のためにッ!!」
腰にはいた大剣を目にもとまらぬ速さで抜刀し、手近にあった銅像に斬りかかる。
父王ガイウスを模して造られたそれは、ゆっくりと真っ二つに滑り落ちていった。
とんでもない不敬であるが、当の本人は隣国へ逃亡中なので、幸い罪に問われることはない。
「くそが。やっと手に入れたんだ、手放してたまるか」
そう吐き捨てると、ユリウスは執事に命令を出す。
「カロリナに伝えよ。これは何者かによる陰謀であると。そして連れ戻せ」
「承知いたしました、我が君」
――こんなくだらない嫌がらせで、ずっと片思いしてきたカロリナを失いたくない。政略結婚にみせかけることに、どれだけ苦労したことか――――!
ユリウスという男は高慢で冷酷だ。
加えて、たいそうな見栄っ張りでもあった。カロリナに求婚するとき、「ずっと好きだったから」と伝えることが恥ずかしいから、あちらこちらに根回しして政略結婚の体をとったのである。
――ルシファーの兄だけあって、この男も、色々とこじらせていた。
◇◇◇
「誤解だから帰ってこい」と主張する意地っ張りなユリウスと、「誤解なら直接説明にいらしてください」と突っぱねる頑固なカロリナ。二人の距離は、王が変わった後も縮まっていない。
むしろ、ユリウスが左遷されたことによって物理的には遠ざかっている状況だ。
だがしかし、二人の心にはいつも互いの存在がある。
「明日、直接謝りに行こうか」
「明日、事情を聞きに行こうかしら」
そんなことを考えながら、日々を過ごしているのである。
二人がまた一緒に暮らすことができるのは、まだ少し先の話――。
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