第106話
天井に取り付けられた小さな突起物。そこから絶え間なく流入しているマスタードガスは、屋上にあるタンクから配管を通ってこの部屋に供給されている。
ヴージェキアは私と同じ冥界復活組だから不死身だ。しかし不死身とはいえ、身体の再生機能以上のダメージを受け続ければ苦痛を感じる。高濃度の毒ガスを浴び続ければ何らかの症状が出るのだ。
もちろん事前実験は行って確認済みである。
(自分を被検体にして毒ガスの効果を調べたと言ったら、デル様にめちゃくちゃ怒られたのよね)
絶対に心配されると分かっていたので、彼に報告するかは大いに悩んだところだ。だけどこの兵器を作戦に使う以上、効果の裏付けデータを出さないわけにはいかなかった。
ちなみに現在、私とデル様の周りには彼が風魔法の結界を作って保護してくれているので、我々が倒れることはない。
剣先で火花を散らす2人をじっと注視しながら、私はその時を待つ。
さすが、召喚されるほどの騎士だったヴージェキアは素人目にも強い。ふらつく足元で器用に重心を移動し、雨のように打撃を浴びせている。王国最強のデル様とほとんど互角に打ち合っているように見えた。――もっとも彼は角を斬られた影響あってか、全く本調子ではなさそうだけど。
ヴージェキアは不死身だ。だからデル様は攻撃して傷を与えるというやり方ではなく、ひたすら攻撃をいなして毒ガスが体に回る時間を稼いでいる。
時間を気にしつつ戦いを見守っていると、あることに気が付いた。
(ヴージェキアの剣とマント、どこかで見たような……)
彼女が握る剣は、漆黒の刃に、金色の柄。柄頭には髑髏のような突起物がついている。デル様や騎士団が持っているものとは、何かが明らかに違うものに見えた。
さらに、彼女が身にまとう漆黒のマント。布製ではなく、何かで編まれたような、特徴的な品――――
(――あっ、思い出した! 確か第1王子が持っていたものだけど、お城が壊れた時に無くなっちゃったって言ってたものだわ!)
私は実際見たことないけど、重要物品としてその絵姿は見たことがある。城の崩壊跡から見つからなかったことから、粉々になったのではとされていた代物。まさか彼女が持っているだなんて。
確かこの剣は魔剣で、マントも魔物の素材でできていると先生が言っていた。魔剣は魔物に傷をつけられる唯一の武器で、マントも素材になった魔物より下位の魔物の攻撃であれば、弾くという。
(何でヴージェキアがそれを持ってるの? まさか、ロイの裏にも彼女が居たのかしら――)
恐怖が背を流れた。
一体彼女はどこから計画に絡んでいたのだろうか。第1王子ロイが断罪されてしまっている今、真実を知る者はいない。
(デル様も、当然このことには気づいているはず。それ込みで、彼女をここで殺していくということなのね)
彼女が生み出した負の連鎖。今ここで、断ち切らねばならない。彼女にも事情はあったようだけど、あまりに多くの人を巻き込み、方法を間違えている。
――その時は突然やってきた。
「ぐっ!?」
突如、ヴージェキアが胸を抑えて膝をついた。
(……っ!!)
「か……っ、はひゅっ、はひゅっ……?」
口を大きく開けて、空気を取り込もうとするヴージェキア。
しかし、いくら吸いこもうとしても、その青ざめた顔色が戻ることはない。
マスタードガスは呼吸器毒性が強い。
剣を振るって体を動かしたことで血流がよくなり、毒ガスのまわりが促進されたのだろう。鍛えられた彼女の肺が、ついに悲鳴を上げ始めたのだとすぐに理解した。
「デル様!!」
「っ、ああ!」
苦しげに蹲るヴージェキア。
その隙をついて、私たちはドアの向こうへと駆け抜けた。
廊下で待機していた河童さんと視線を瞬時に交わす。
私の顔を見で安堵し、デル様へ視線を向けた彼は――目を大きく見開いた。
「へ、陛下――!!」
河童さんの声に振り返ったロシナアムも、小さく悲鳴を上げた。
2人の気持ちは痛いほどわかる。デル様の象徴とも言える美しい双頂が欠落しているのだから。だからこそ、早く帰還して治療しないといけない。
「……よい。……作戦に支障はない。……河童、ヴージェキアのマントを回収してきてくれ」
「ま、マントですか!?」
「そうだ。早くしろ……」
「し、承知ッ!!」
ひらりと部屋の中に飛び戻り、ヴージェキアのマントをむしり取ってくる河童さん。このマントは重要なものなのだろうか。
外側からしっかり閂をかけ、ドアの小窓から彼女が同じ位置に蹲っていることを確認する。
「河童、転移陣の発動を」
「承知……ッ」
この部屋の前には、あらかじめデル様が設置しておいた帰還用の転移陣がある。不測の事態に備えて、魔力があれば誰でも起動できるように工夫されたものだ。
河童さんが床に手をあてると、白く幻想的な紋様が浮かび上がる。
「――では、いきますよ」
タイミングが重要だ。
ぐんぐん光が私達4人をのみこんでいく。
ふわっと体が浮遊し、視界がゆがみ始めたその時。
私はドア横の突起――――ダイナマイトの起爆スイッチを押した。
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