第19話
【閑話】マッドサイエンティスト、殺虫剤と蚊取り線香を作る
とある日の湖のほとり、掘っ立て小屋。
セーナは険しい顔をして床を見つめていた。
「いるわね、奴らが」
その目線の先にいたのは、茶色くてギトっとした光沢をもつ虫――――――はっきり言えば、ゴキブリである。
先ほど食料を求めて台所に出てきたゴキブリは、昼のスープを作っていたセーナに見つかった。
大多数の女性であれば、悲鳴をあげるなり飛び上がって逃げ出すなり、それに類する反応をするだろう。嫌いなものや気味の悪いものを見れば、それはごく自然な行動摂理である。そして、このゴキブリもまた、その現象を常識として受け取っていた。
したがってこのセーナ、もといマッドサイエンティストに見つかってしまったこの個体は不運だったと言うよりほかない。『なんだこの人間、逃げ出さないだと!?』と思うと同時に靴で踏みつぶされ、彼は生涯を終えた。
「1匹見かけたら30匹いると思え、だっけか」
ゆっくりと足をあげて、潰れた亡骸を見つめるセーナ。
しばらく何かを考えていたようだったが、突如何かを思いついたようで、口の端を歪めて艶っぽく微笑んだ。
◇
「殺虫剤と、ついでに蚊取り線香も作りましょう」
彼女が森から摘んできたのは、
白花虫除菊は中心が黄色く、花びらは白。明治時代から虫除けや殺虫剤として利用されてきた植物で、全草、特に頭花に殺虫成分を含んでいる。昆虫の神経系統に作用して全身まひ、運動不能を引き起こすが、ヒトには比較的毒性が低いという特徴がある。
タブノキは蚊取り線香に配合するものだ。
白花虫除菊の頭花、タブノキの樹皮と葉を乾燥させ、それを原料として製作に入る。
殺虫剤はいたって簡単だ。
「白花虫除菊の頭花をすり潰して粉にするだけでいいのよね、簡単簡単っ」
さらさらとした粉状になるまで乳鉢でゴリゴリと潰せば完成だ。
虫に直接かけてもよし、虫が出そうな場所に撒いておくもよしだ。
すり潰したものの半分を殺虫剤とし、もう半分は蚊取り線香の材料にする。
タブノキも同じく、乳鉢ですり潰していく。粉状になったところで残しておいた白花虫除菊パウダーを投入し、乳棒で混ぜ合わせていく。
「おおかた混ざったかしら。そろそろ水を入れてと」
乳鉢に少しずつ水を加えて、その都度混ぜる。
タブノキは水と混ぜると強い粘性を発揮する性質がある。混ぜるごとにねっとり感が増していく。
粘土くらいの柔らかさになるまで、加水と混合を繰り返す。
「……ふぅ、これくらいでいいかしら」
元の世界ではここに緑色の染料を加えるが、ここ異世界で見栄えという問題は無いので、このままでいく。
出来上がった暗茶色の塊を、見慣れたぐるぐる巻きのように成形すれば完成だ。
「ひゃっふぅ完成! 明日は市場でブタさんの容器を買ってこなくちゃね」
蚊取り線香は乾かして水分を飛ばさないと使えないが、殺虫剤は今からでも使える。
セーナは軽い足取りで、花咲か爺さんのごとく家中にそれを撒いて回った。
◇
セーナはお手製殺虫剤の効果に大変満足していた。
彼女の目の前には、不気味にテカテカした茶色いものが山を作っている。
「我ながら、恐ろしい腕前だわ……! これで新しい薬が作れるわねっ」
――――そう、ゴキブリは漢方薬の材料になるのだ。
彼女が殺虫剤を作ったのは虫が嫌いだからではなく、薬の材料が欲しいからだった。
ゴキブリの生薬名は「
もしかしたら、あなたも知らないうちに口にしたことがあるかもしれない。
くわばら、くわばら。
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