第17話

「―――私の秘密は以上です。私の知識は異世界のもので、それを生かして今薬屋として生計を立てているわけです」


 俯きながら、デルさんが口を挟む間もなく一気に話を終えた。彼は今どんな顔をしているのだろうか……。


「こんな場所に1人で住んでいるから、何か事情があるんだろうとは思っていたが……そういう事だったのか。……そんな顔をしなくても、私はセーナの話を信じている。むしろ申し訳なく思っている」


 恐るおそる視線を上げると、優しさと困惑の浮かんだ瞳と目が合う。

 彼はゆっくりと立ち上がり、私の背後に回った。長い腕が私の体を包み込み、美しい長髪が頬のあたりに触れる。


 真面目な話の最中に何してるんですか!? と口を開くより先に、彼が言葉を続けた。


「セーナがこの世界に来てしまったのは、私のせいだ」

「……えっ?」


 予想外すぎる言葉に、思考が停止した。


「これは他言無用であるが、魔族の長には代々『門』の管理という大事な役目がある。門とはこの世界と異界をつなぐもので、現在は基本的に使われていないのだが……大昔は異界との行き来に使われていたと記録が残っている。領地を豊かにするために使われていて……例えば水路の知識を持った者だとか、耕具に詳しい者だとか、医術に通じた者だとかを召喚していたようだ」


 理解が追いつかず、体は硬直したままだ。


 それを感じたのか、デルさんは抱きしめる腕を強くした。私の肩に頭がうずめられ、綺麗な琥珀色の角がひんやりと頬に当たる。近すぎる距離にいつもなら心臓が爆発しそうになるけれど、今は違う意味で拍動が止まらない。


「だが、召喚には詳しく言えないが相応の代償があるうえ、門の発動にはとてつもない量の魔力が必要だ。割に合わないという理由から、領地がある程度潤ったタイミングで事実上廃止となった。今は門の管理だけが役割として残っている状態なのだ。……魔力さえあれば管理なんて容易いことなのだが、私は毒を受けてから、体調を崩すと魔力も不安定になるようになってしまってな」


(じゃあ、私はもしかして…………) 


 少しずつ思考力が戻ってきた感じがする。


「私の魔力が不安定になった際、門に歪が生まれてセーナが来てしまった可能性がある。実は、1人分の通過痕跡が門に残されていたのだ。目に見えるものではないし個人を特定できるものではないのだが……それがそなたなのかもしれない。意図しない通過に気づいた後は魔力をかなり余裕を持って満たすようにしたから、私が瀕死になるぐらいのダメージを負わない限り、門が暴走することはない」

「……私は偶然召喚されてこの世界に来てしまった、ということでしょうか?」

「召喚、ではないな。召喚には儀式か通行証の発行が必要だが、そなたには勿論していない。だから、例えるならたまたま少し開いていたドアをそなたがすり抜けてきたというところだろうか」


(お呼びでないのに来てしまった私……なんて恥ずかしいのっ!!)


 突然この世界に来てしまったことに対して、思うことが無かったわけではない。複雑な気持ちでデルさんの話を聞いていたのだが、まさかの自業自得に項垂れるしかなかった。


 しなびた私に気づいたのか、デルさんが慌てて言葉をかけた。


「ああ、誤解しないでほしいが門の歪は私の責任だ。何の関係もないセーナを巻き込んでしまい、本当に悪いことをした」

「いえ、いいんです。私、病気で死ぬかもしれないところでしたから、魂が無意識に逃げ場を探していたんでしょう。むしろ勝手に来ちゃってご迷惑おかけしてます」


 うしろを振り返り、無理やりニコッと笑って見せる。戦争やら毒やら虚弱やら、ただでさえ大変な人生を歩んでいるデルさんに、これ以上心労を与えたくない。


「私は大丈夫ですよ! あちらでは仕事ばかりしていたので、今の生活は新鮮でけっこう楽しめているんです。見るもの聞くもの新しいものばかりで飽きません」


 心配そうな顔でこちらを見る麗人に、そう告げた。

 もちろんこれは嘘ではない。未知なるものに囲まれて、とても刺激的な毎日を送れている。


 でも、デルさんは私がそういうマッドサイエンティストであることを知らない。

 地味な女が気丈に頑張っているように見えたのだろうか。ハッと目を見開き、いたく感激している様子である。


「……セーナは強いな。そして素直だ」


 再びぎゅっと抱きしめられる。

 向かい合う態勢になっているのでさっきより距離が近い。頭のあたりにデルさんの胸がある。じっとしていると、気持ち早めの拍動が聞こえてきた。


(魔王様でも緊張するのね……子どもじゃないんだから、抱きしめなくたって大丈夫なんだけど……)


 私の転移に責任を感じているからだろうか、門の話は緊張したようだ。

 安心してください、自業自得なので気にしていませんよ、と伝えたくて彼の背中に手を回しギュっとしてみた。……なぜかビクっとされ、更に拍動が早くなったのが分かった。


(いくらなんでも早すぎない? 洞性頻脈かしら?)


 魔王様は心臓にも病気があるのだろうかと、少々心配になってくる。


「…………セーナは元の世界に帰りたいか? 申し訳ないことに、帰り方を調べるのに時間がほしい。古来、召喚することはあってもこちらの者を他所に送り出すことはほとんど無かったのだ。古い文献を探す必要がある。だがどこかに必ず載っているから、それは安心してほしい」


 細々と話すデルさんは、大きな体をしているくせに小動物のように思えた。そんなに萎縮しなくても怒らないのに。魔王様って可愛らしいのねと、自然と笑みがこぼれる。


「分かりました、問題ありません。帰れる方法があるということが分かれば、ひとまず安心ですから。デルマティティディスさんの虚弱を治すお手伝いをするとお約束しましたし、帰ることについては追々考えることにします」


 よしよし、と彼の頭を撫でてみる。萎縮する動物はだいたい撫でてやるとリラックスしてくれるのだ。ヒヨコもそうだし、動物実験に使うマウスなんかも、背中を撫でてやると大体大人しくなる。


 しばらくナデナデしていると、デルさんはもじもじと動き出した。

 長時間引っ付いているのは友人としてよくないので、素早く彼から離れる。


「お話をしていたら、もうこんな時間になってしまいました! 昼過ぎに帰るとおっしゃっていましたよね。次回までに薬について考えておきますので、もう大丈夫ですよ。お仕事、体に気を付けて頑張ってくださいね」


 壁にかかっている時計は、14時を指している。


「あっ、ああ……」


 彼はなぜか顔を両手で覆っている。

 どうしたんだろうと眺めていると、角の先っぽがほんのり赤くなっていることに気づいた。こんなことは初めてなので、また体調に異変があったのかと心配になる。


「デルマティティディスさん、角が少し赤くなっていますよ? どこか体調が悪いんですか? 十全大補湯の他にも薬を――」

「っ……! 何でもないから気にするな、失礼する!」


 言い終わる前に言葉をかぶせられ、すぐさまパチンという音が鳴り響いた。


「えっ!? このお薬を持って行ってくだ――――!」


 …………ものすごいつむじ風と共に、慌ただしく彼は帰って行ったのだった。

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