『なな~誕生~』
阿知尚康
第一章
第1話
(母親が亡くなった…………)
(パチンコを打っている時に、そう連絡を受けた)
(ちなみに、母親は癌を患い闘病中で入退院を繰り返し、すでに余命宣告を受けてから数年が経った状態だった…………)
(不幸は続いたーーーー)
(追い討ちをかけるように父親の会社が倒産)
(担保になっていた家が差し押さえられた)
(当たり前のように訪れていた普通の毎日が、瞬く間に全て失われた)
(突然、住む家が無くなり家族はバラバラに…………)
(兄は、彼女の家に転がり込んだ)
(弟は、まだ小さかったので親戚に預けられた)
(行く宛てのなかった私は、スポーツトレーナーをしているジムで、こっそり寝泊まりをするしかなかった)
(父親は、会社の資金繰りに困っていた時、どうせ足りないのだからと、残っていたお金を全て競馬で勝負に出た)
(起死回生を狙ったのだが…………)
(もし、勝っていたとしてもその場しのぎにしかならず、最近の経営の傾きから考えても、遅かれ早かれ倒産は免れなかったと予測出来る)
(そんな父親が姿を眩ます間際、私に託してきたものがあった)
(家宝だと言っていた)
(何故、兄ではなく私なんだろうと思ったが、少しも興味が湧かなかったので鞄の奥に仕舞い込んだ)
「すまない…………」
(父親は、そう言い残し行き先も告げずに去って行った)
(すまないでは、すまないだろ!)
(私は怒りに満ちた声で叫びたかったが、精も根も尽き疲れ果てた父親の表情と佇まいを見ると、何も言えなかった…………)
(子供の頃、三兄弟の中でも特に私を可愛がってくれていた記憶がある)
(父親も私と同じく三兄弟の真ん中だった事もあり、気持ちが分かり何か通ずるものがあったのかもしれない)
(だから、父親の事は大好きで、人一倍父親っ子だった)
(威厳があり、とても大きく見えた父親が、凄く小さく見えた)
(悲しいのか、虚しいのか、憐れなのか、よく分からない感情が入り乱れて涙が出てきた)
(現実を受け止める事が出来ず、暫く放心状態が続いた)
(自ら命を断つ選択だけは、しないで欲しいと強く願った)
(しかし、父親の心配ばかりはしていられない今の現状)
(とにかく、私の場合は早く住む所を探さないといけない)
(ジムで寝泊まりをしている事が、オーナーにばれる前に)
(敷金と礼金はおろか前家賃を支払う余裕さえなかった私は、アパートを借りる事が出来なかった)
(あとにも先にもこの時ほど、貯金をしていなかった自分を悔やんだ事はなかった)
(ジムの会員さんにトレーニングを熱心に指導していても、頭の中では住む所を模索している始末)
(そんな時、劇団に入っている会員さんがエアロバイクをこぎながら、オーディション雑誌を広げて唐突にーーーー)
「大地トレーナー! これ見て!」
(そこにはーーーー)
『アクション俳優募集! 明日のスターは君だ!』
(と書かれていた)
「これ、大地トレーナーにぴったりだよ!」
(会員さんが、目を見開いてそう言った)
「いや、興味ないし」
(と軽くあしらうつもりが、良く見たら寮完備で社保ありと書かれているではないか!)
(今の状況を考えると背に腹はかえられない)
(しかも、迷っている猶予などない)
(早速、履歴書を送る事にした)
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