第8話 風のウィド

「まさかガキとはな。それもハイハイしたての……」


 水も滴るいい男、といった様子の盗賊はそう言って髪を整えている。

 余裕しゃくしゃくと言った様子だ。僕はすぐにゴレムとゴブラを向かわせる。


「おそい!」


 男は一瞬で二人を切り刻む。魔法!? いや、単純に早いのか。目で追えない。これで岩を躱したのか。


「あの岩は流石に肝を冷やしたぜ。死を感じたのはいつぶりだ? 褒めてやるよ」


 目を光らせてじりじりと近づいてくる親分。まずい、僕の持ち球は魔法しかない。だけど、あの速度で近づかれたら対応できないぞ。


「バブ……」


「あ? まさか言葉を話せねえのか? 無詠唱であの大岩を出したってのか。ってことは『クリエイトロック』の初級魔法か。末恐ろしい、今始末できてよかったぜ」


 焦りで声を出すと親分は姿を消す。見えないほどの速度で僕の背後に回ると剣を首に突きつけてきた。


「……部下もいなくなっちまった。どうだ? 俺の息子にならねえか?」


 親分はそう言ってニヤリと口角をあげてきた。


「俺の名前は【ウィド】。【風のウィド】って有名だったんだぜ。どうだ?」


 男は名乗ってきて誘ってくる。僕は突きつけられている剣の切っ先をつまむ。つまんだ部分から凍っていく剣、一瞬の出来事だけど、ウィドは気が付いて後方に大きく跳躍した。


「はは、氷の檻か。魔法名は【プリズンアイス】ってところか? ほんとお前は何なんだ? 魔法まで作っちまうとはな。だが、そんな初級魔法の応用なんて俺には効かねえ」


 剣を凍らせるよりも先に地面を伝って氷の檻を作っていた。それに気が付いて大きく跳躍したウィド。出来上がった氷の檻を剣で壊そうとしてくる。だけど、それは無理。


「な!? 氷の下に岩!? 【クリエイトロック】も同時にやったのか!? 二重属性者!? 【セカンドマジシャン】だっていうのか!?」 


 ウィドは剣で切れないことに驚いて声をあげる。二重属性者のことは【セカンドマジシャン】っていうのか。ってことは全属性を覚えてる僕は【エイスマジシャン】かな? ってそんなこと考えてる場合じゃない。ウィドを倒さないと!


「……驚いた、ますますお前が欲しくなったぜ。馬鹿な盗賊共の親分になって大暴れしようと思った矢先にこんなお宝を見つけることが出来ちまうとはな。やっぱり、俺の判断はまちがっちゃいなかった」


 ウィドは目を真ん丸にして口角をあげる。僕を見る目が更にキラキラしたものになっていく。こいつは盗賊になったばかりってことか。でも、そんなの関係ない! 今ここでこいつを倒す!


「マナを剣に込めればこんな檻。ん? なんか嫌な予感がするぞ」


「バブ!?」


 再度氷の檻を切ろうとしてくるウィドだったけれど、何かに気が付いて手を止める。

 僕は驚いてしまう。実は氷の檻に雷、電気を帯びさせておいたんだ。次に触ったら気絶させることが出来たのに。


「雷……【サードマジシャン】だったか。油断してたぜ。それなら触らなければいい! 【豊潤な風よ、我がマナを触媒に風の目を作り出さん、【ウィンドアイ】】」


「バブ!?」


 ウィドは雷に気が付いて声をあげると風を起こす。手をかざすやつの手から緑色の球が現れて風が吸い込まれていく。まるでブラックホールのように吸い込んでいく風の球。どんどん風が強くなっていく。


「おいおい、赤ん坊のくせに【ウィンドアイ】を耐えるのか。お前1レベルじゃねえな?」


 ハイハイの姿勢で微動だにしない僕に気が付くウィド。冷や汗を見せるってことはあの魔法は対象も引き寄せる程の力を持ってるのか。普通に耐えられる。もしかして、僕ってレベル上がってた? そう言えば確認するの忘れてた。


「打つ手なしか……。そこから動かないなら俺はお暇させてもらうぜ。お前の名前くらい聞きたかったが話せないんじゃ仕方ねえ」


 ウィドはそう言って踵を返す。逃げようとしてるのか。でも、この檻から出たら僕じゃ勝てない。

 引き分け、そう思った時、村の方向から大きな音が聞こえる。


「おいおいおい!?」


 ウィドが驚いて声をあげる。やつの視線の先を見ると村の方角に大きな岩の丘が見えた。あんな丘なかったぞ。


「うちの子に何してやがる!」


「ぐはっ!?」


 驚いていると空からレッグスが現れてウィドの頭に拳骨を落とした。地面に突き刺さるウィド、ピクピクと痙攣してる。

 あの岩の丘はレッグスが作ったのか、そのから跳躍してここまで飛んできた? いや、丘を作り出す威力で飛んだのか。凄いなレッグス。


「アキラ~、探したぞ~。こんな所で遊んでちゃダメだろ~」


「ば、バブ……」


 黒い笑みを向けてくるレッグス。何だか怖いんですけど?


「盗賊に気が付いてここに来たってところか? それとも夜に出ていってたのはここで魔法の訓練か?」


 レッグスは真剣な顔になって氷の檻と大きな岩を見据える。鋭いな。レッグスに嘘はつけなさそうだ。

 観念した僕は頷いて答える。すると彼は大きくため息をついて、頭を撫でてくれた。


「俺はお前の親父だ。一人で危険なことをしちゃ駄目だろ。お前に何かあったら俺やエミが悲しむだろ?」


「バブ……」


 悲しい笑顔になるレッグス。彼は僕の親なんだよな。エミもそうだけど、二人はお母さんと同じ、守るべき人達なんだ。また僕はお母さんのように悲しませるところだった。


「さて、あっちの盗賊達はアンデッドにはならないだろう。あとはこいつだ。拘束して尋問だな」


 なぜか岩に下敷きになってる盗賊のことも分かっている様子のレッグス。僕が首を傾げていると得意げに胸を張ってくる。


「ふっふっふ。土を極めしレッグス様は地面に接しているものを判別できるのだよ。それでお前のいる場所も分かったってわけだ」


 なるほど、その力でここが分かったのか。僕でも出来るかな?


「ん? これは魔石か。魔物もいたのか?」


 レッグスがウィドの首根っこを掴むとゴレムとゴブラの魔石に気が付く。非活性化になってる魔石。倒されちゃったらもう使えないのかな?


「ん? ああ、ゴーレムの魔石か。ってことはアキラのか。

 なるほど、召喚をやってみたんだな。非活性化に戻ってるってことはこいつに倒されたってところか。安心しろ召喚した従魔は一日もすれば回復する。再度活性化させれば召喚できる」


 レッグスがそう言って俯く僕の頭を撫でてくれる。そうか、安心した。体を張って守ってくれた二人には感謝したかったから。

 ウィドを引きずるレッグスは僕も抱きかかえると村に戻っていく。これで一件落着か。

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