第11話 まさか……の正体・2

「まず病院へ行って診断書をとりましょうか」


「だ、大丈夫……怪我はしていないわ」


「本当に? 後から痛みが出てくるかもしれません」


「ううん。大丈夫。あの……何も見てないよね?」


 男達に拘束されて、足を広げられた姿。

 あんな場面を見られたと思うと、それが嫌だった。


「大丈夫です。何も見ていませんよ」


 嘘だとわかっても、ホッとする。

 

「あいつらは絶対に許さない。でも、今は貴女のケアを一番に考えたいんです」

 

「うん……病院はいい……シャワー浴びたいの……」

 

「わかりました。では俺の部屋へ連れて行ってもいいですか?」


「あ、貴方の……? え、うん」


 戸惑いながらも、始に従う。

 頭が混乱して、わけがわからない。

 騙されて襲われそうになり、そこへ始が助けに来てくれたが……草神グループの御曹司……?


 抱き上げられたまま、大きな車に乗せられた。

 そこでも抱き締められたまま、車は発車する。

 運転席がこちらから見えない。

 どれだけ大きく立派な車なのか。

 水を渡されて、何度も背中を撫でられ気遣われた。


「……始くん、なんだよね?」


「はい、始ですよ」


 始の方を向こうと上を向くと、おでこにキスされた。

 数日間の間に、ソファでもよくしてくれた優しいキス。

 雪子は、そのまま始の胸元に何も言わずにもたれた。

 背中を撫でられている時間が、雪子の部屋にいるようで……でも車が止まる。


 また抱き上げられそうになったのでブランケットを羽織ったまま、もう歩けると伝えた。

 が、降りると高層ビルの玄関?

 

「すみません、ちょっと上まで上がるのに時間がかかるんですが」


「う、うん……え? 此処って?」


「マンションです。最上階が俺の部屋。本当の住まいは恥ずかしながら実家なんですが、此処も俺の部屋として借りてるんです。投げ捨てた鍵を、返してもらいました」

 

「えっ……?」


 高級タワーマンション……の最上階。

 上階用の高速エレベーターで一気に上る。

 もたれてもいいように、肩を抱かれているが夢を見ているようだ。


「風呂の準備と夕飯の準備はハウスキーパーに頼んでしまいました。俺の手作りじゃなくて、すみません」


「始くん……貴方って」


「後でしっかり説明しますね。今は何も不安に思わず……俺に任せてください」


 自分の家のダイニングと同じくらいの玄関。

 そこから夜景の見える円形のジャグジーへと案内された。

 自分がシャワーを浴びたいと言ったからだ。

 シャワーを浴びていると『着替えを用意しました』と外から始の声がした。


 さっきまで肩にかけられていたブランケットはブランド品だったし、シャンプーやコンディショナー、ボディソープも超一流品。


「……やっぱり、そういう事なの……?」


 温かいお湯につかっていると、混乱した脳みそが少し動いてきた。


 日本を牛耳る財閥の草神グループの御曹司が……始?


「親の言いなり……ご飯を炊いたことがないなんて当たり前……ハウスキーパーが作るに決まってる……免許がないなんて当然……運転手がいる……スーツはオーダーメイドで……っていうか私……」


 青ざめてくる雪子。

 これからの日本経済を背負っていく男に、飯炊きをさせて……!!

 

「わ……私、ど、土下座して謝罪しないと……いけないんじゃ……」


 ぶくぶくとジャグジーに沈みそうになる。

 だが、いつまでも風呂に入っているわけにはいかない。


 雪子が脱衣場に出ると、とても上品なネグリジェが用意されていた。

 デザート・ピクのネグリジェだ……。

 始が来た次の日に、激安店でスウェットを買った時を思い出す。

 その時に『デザート・ピクのネグリジェとか私だって着たいよ!』と笑って話した。

 始も笑ってた。

 『これだって着心地いいですよ。とても』と気に入ったように笑ってた。

 980円の上下スウェット……が?

 

「……そんな事言って、本当はバカにして笑ってた……?」


 違う違う。あの笑顔はそんなんじゃない……そう思いたいが、あまりにも住む世界が違う。

 雪子は自分のスーツを探したが、見当たらないのでネグリジェを着て脱衣場を出た。


「あ、雪子さん」


 廊下の壁にもたれて始が待っていた。

 そんな姿もサマになってめちゃくちゃカッコいい……と、雪子の胸は切なく疼く。

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