第10話 まさか……の正体・1

ドアが蹴破られて、雪子を呼ぶ声が響いた。


「雪子さん!!」


「は、は、じめ……?」


 震えて声がうまく出ないし、怖くて瞑った目が開かない。

 雪子を押さえていた男達が、次々といなくなる。

 多分、蹴り殴り飛ばされているのだ。

 

 そして、抱き締められたのがわかった。

 たった数日でも何度も何度も求めあった身体。

 彼の匂い!


「遅くなって、すみません。怪我はありませんか?」


「……う、うぁああ、ああああん、ばか……ばか……」


「もう大丈夫です。ごめん」


 抱き締められ、やっと瞳が開いた。

 目の前には、始の顔。


「おいいいいいいいい! なんだぁお前ぇ! 不法侵入者だ! 警察を呼べぇ!!」


 馬鹿息子が、汚い唾を吐きながら喚く。

 始が、それを鋭い目で睨みつけた。


「ふざけるな!! お前こそ、なんの権限でこのビルを使用している? この女性に対して一体何をしようとしていた――!?」


 あたふたと喚く馬鹿息子が吹っ飛ぶような、威厳に満ちた怒声。

 その後ろから更に老人男性の泣き叫ぶような声が聞こえた。


「こらぁ!! お、お前は何をしでかしてくれたんだぁ~~!!」


 馬鹿息子の父親……社長だ。


「パッ……パパ!?!?! な、なんでここに!?」


「すぐに土下座しなさい! そっから飛び降りてもいい! 首を吊れ! この御方に謝るんだ!! 命をかけて謝罪しろ!!」


「ひぁ!? どういう事!? なんでこんな若造に!?」


「おい、このビルを汚すような真似はさせるな」


 始が静かに、そして重く告げる。


「は! はい! 申し訳ありません! 早く土下座しなさいっ! はやくぅうう!!」


「パパァ!?」


「こ、この御方は草神グループの御曹司である草神始様だ!! なんていうことをした! このバカ息子がぁ!!」


「……えっ……?」


 くさかみ……? 

 信じられない言葉が雪子の耳に入った。

 日本を支える財閥の……名前だ。


「我がグループが管理しているビルを私用で……しかも女性に対して、こんな仕打ちを……絶対に許さんぞ!!」


 始の怒声のあまりの迫力に、馬鹿息子がひっくり返る。

 

「始くんが……? ど、どういう事……?」


 ブランケットに包まれ、抱き上げられた。

 始の身を心配したが、彼の後ろにはズラリと体格のいいサングラスの男達が並んでいる。

 

「樋口、後は任せた」


「はい、始様」


 樋口と呼ばれた男が、震え上がる子会社社長と馬鹿息子に指示を出す。

 二人とも土下座を始めた。

 雪子の拘束を手伝った男達も、後手を縛られている。

 ドアの外では先輩も捕まったのか、がっくりと座り込んでいた。


「雪子さん、行きましょう」


「え……ど、どこへ……?」

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