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「保守党じゃね?」
「いや、民政党だね」
男子大学生の猪俣は、可愛らしいという言葉が実に似合う青年だ。だから人によっては、彼が居酒屋のトイレから出てきたところを見ただけで不釣り合いな場にいると感じてしまうかもしれない。というのも、実際にそれに近いことを言われた経験が過去に何度かあるのだ。酒を飲まなければ用も足さず、口にするものは常にスイーツといったイメージらしい。しかし彼自身は自分に対してそんな特別な意識などなく、中身は他の男子学生と何ら変わりがなかった。
ともかく、彼がそうして居酒屋のトイレを後にして、席に戻ると、同じ大学に通う仲間の東出と森永が冒頭の会話をしていたのだった。
「何の話?」
猪俣は腰を下ろしながら尋ねた。
「共生党、つか柴崎が、どっちにつくか」
森永のほうが答えた。
「あー、連立のやつね」
三人は勉学に励む度合いは平均の大学生以下だし、ちゃんとした政策にまつわる政治にも関心はないが、そんな彼らでも話のネタにするほど、今の政局は面白いということで注目されていた。それは社会ドラフトが話題を集めたときから続く流れと言える。
「お前はどう思う?」
今度は森永が猪俣に訊いた。
「保守党じゃないの」
「だよなー」
同意見だった東出が、喜んでそう口にした。
「なんでそう思うんだよ?」
自らは民政党と主張していた森永だったが、不満げな表情などにはならず、さらに猪俣に問うた。
「だって、民政党は前に自分たちのところの一部の議員から反発食らって、連立の話を引っ込めたじゃん。それに、なんだかんだ言っても選挙は保守党が勝つ確率が高いから、どっちにしろ柴崎はそっちを選ぶっしょ」
「だよなー」
東出が、ほおばった漬物のキュウリを小刻みにそしゃくしながら、一層嬉しそうにその台詞をくり返した。
「わかってねえなあ」
森永が姿勢を正し、もっともらしい態度で語り始めた。彼はワイルドな見た目で、印象的には三人のなかで一番政治に無知そうだったが。
「いいか。まず、民政党はもう十年以上も政権から遠ざかってて、次に選挙で負けたら見限られて、この前反発した連中より多い数の離党者が出るおそれがあるから、間違いなくもう一度連立の誘いをする。そうなったら保守党も負けじと共生党に正式にアプローチするだろうが、問題は調和党をどうするかだ。おそらく保守党は組み替えじゃなくて両方と手を結ぶ三党連立を選択する。なぜなら、共生党を味方にして議席を増やしても、調和党のぶんが減ったらたいして変わらないことになるかもしれないし、共生党は元は社会党で、保守党とはスタンスが大きく異なるんで、そんなに連立は長続きしない可能性が高いのに、けっこうな期間付き合いを保ってきた調和党を切るのは危ういからだ。それに、三党でなら選挙の勝利は確実どころか、大勝まで見込めるしな」
「でもさ、柴崎にしてみれば、三党連立よりも二党での連立のほうが、意見が通りやすくていいんじゃないの?」
「ああ」
猪俣の指摘に、森永は狙い通りの質問をよくぞしてくれたといった顔でうなずき、またしゃべりだした。
「保守党は誘った手前、社会ドラフトの実現に協力するのはほぼ間違いないが、調和党の辛島はどう言うかわからねえしな。だから柴崎はそれを考えて、保守党に二党での連立ならのむって返事をするんじゃねえかと思うんだ。それに対して、おそらく富沢は首を縦には振らない。今説明した不安材料を覚悟で連立の組み替えに踏みきるような度胸は、あいつにはないだろう。かたや、民政党は次の選挙は死に物狂いで臨むから、柴崎は最後は民政党に乗るっていうのが俺の見立てなわけ」
店内は混んでいて、かき消されないようにというのと、語るのが気持ちよくなったこともあって、森永の声はずいぶん大きくなっていた。
すると東出が口を開いた。
「でもよ、柴崎は、今もそんな感じだし、選挙前には態度をはっきりさせないで、結果を見て良さそうなほうとくっつくんじゃねえか?」
森永は「お前もいいとこつくじゃねえか」といった様子で腕を組み、その問いかけに答えた。
「まあ、あり得なくはないけど、例えば保守と調和の二党で今と同じくらいの議席で収まったら、共生は用なしで、せっかくのチャンスを逃すことになっちゃうからな。柴崎はすぐにでも社会ドラフトをやりたいって言ってるんだし、やっぱり勝負に出てどっちかと組むと思うね」
東出は納得した表情になった。彼は太っているが、度の強そうなメガネをかけ、眉間にしわがずっと寄っていて、神経質そうである。
三人は外見はバラバラだけれど、漫画をはじめとするサブカルチャー系の趣味やB級グルメなどで好みが合い、しょっちゅう一緒にいるのだった。
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