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共生党の支持率は高くないが、ある調査で総理大臣になってほしい人物として彼は三位につけていた。その人気、また前回の参院選の躍進ぶりを踏まえれば、次の総選挙で共生党が議席を数十増やす可能性だってあるし、そのぶんを丸々与党、なかでも保守党が失うことになりかねない。
なんとか過半数は死守できても、負けた感が強ければ進退論が抑えられないくらいになるかもしれないし、その一方で連立相手の調和党の重要性は増すから、辛島は安泰でもっとズケズケ注文をつけてくるようになることも考えられる。自分たち調和党の公約にすればいいものを、わざわざ保守党の公約に掲げろというのは、そうした展開をにらんでではなく、増税を本気でやるためなのであろう。しかし、無垢な行動で向こうの都合のいい結果になったら余計に腹が立つ、と富沢は思うのだった。
同じ二世議員でも辛島のほうが親の知名度は遥かに高く、ボンボンで、たいした実績もないのにその親のネームバリューで代表に就任できたようなものだった。富沢はそういった点で彼に嫉妬はしていないつもりだが、やられたこと以上に向かっ腹が立ってしょうがなかった。六十歳にもなって世間の厳しさをたいして知らず、思うがままに生きてきやがったんだろう。ふざけるなよ、あの野郎——などと。
ともかく、本当に連立を解消されたらたまったものではない富沢は、とりあえずその要求を受け入れる素振りを見せたのだが、直後に保守党内部からそんなことを実際にやったら確実に選挙に負けるぞと猛反発に遭い、即座の撤回を余儀なくされた。そしてメディアにそのすべてをキャッチされ、詳細に報道されて、ぶざまとも言えるてんまつによってさらに内閣の支持率が下落してしまったのだった。
すると、その間特に目立った動きなどしていなかった共生党の支持率が上昇するという現象が起こった。それはおそらく、どんなに強く批判されても、やれるポジションになれば社会ドラフトを実行すると変わらず言い続けてきた隼人のブレない態度が、富沢の今回の優柔不断な振る舞いで、良いイメージとして喚起されたためと思われた。隼人や共生党に痛い目に遭わされるかもしれないという富沢の心配が、選挙を待たずに早くも現実となった様相を呈したのだ。
加えて、ここをチャンスと見た民政党の幹部の一人が、「政権奪取のためには共生党と組むこともやぶさかでない」と、選挙協力と選挙後の連立を匂わせる発言をして、隼人にラブコールを送り、それに対してどう思うかとメディアに質問された際に隼人も、「社会ドラフトを実現できるのであれば、もちろんそのお誘いに応じる可能性はございます」と前向きな姿勢を示した。
だが、そう簡単にはやはりいかないものである。今度は、近頃の右派ポピュリズム的なコメントから隼人を信用ならぬ人物であるとして、民政党のリベラル派議員たちがその連立構想に激しく抗議し、離党までちらつかせ、混乱に陥り、ゴタゴタの悪い印象で民政党も支持の低下を招く結果となったのだ。
そうして、解散しようがしまいが残された時間は少なく、選挙に向けて各党の駆け引きが活発になるなか、保守党の議員から「社会ドラフトは現状の日本のさまざまな問題を解決に導く可能性を秘めており、実施すべきか検討に値するものだ」という発言が飛びだした。それは隼人のアイデアを丸のみして公約に取り入れることで共生党の勢いを削ぐ狙いなのではと思われたが、保守党が共生党と手を握る連立話までわいてでてきたのであった。保守党の幹部たちは揃ってはっきりとしたことを何も語らず、どうとでも取れるようにしたのは間違いなかった。この動きは連立パートナーの変更を意識させることにより、これ以上好き勝手言わせないよう調和党をけん制するのにも効果的で、普段はお粗末さばかりが目につくのに、選挙が絡むと有効な策を講じられるのは、政治家の本能のなせる業とでも言えようか。しかし、はったりだけでなく、当然隼人の人気も頭にはあるはずで、いざとなったら何でもやるのが政治の世界ゆえ、本当に連立の組み替えもなくはないという雰囲気が形成されていった。
ちなみに、辛島はそれで消費税の引き上げを保守党の公約に盛る要求を取り下げることはしなかったし、隼人と同じく強い信念の持ち主だったが、いつも仏頂面で偏屈な印象であり、国民より自身の理想やこだわりを大事に思っていると感じられるタイプだったので、彼も富沢同様に有権者の支持は高くなかったのだった。
そういった流れで、独り勝ちのような立場になった共生党、もっと言えば隼人が、どう動くかで次の選挙は決まるという展開に至ったのであった。
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