名探偵のノート

沼津平成

第1話

       1


「これがミステリなのか……」

 と、王一郎おういちろうはいった。

 今まで、王一郎の望んだことは何でも叶えられてきた……ような気がする。

 あまりのショックのあまり、王一郎はそれしか考えられなかった……ような気がする。

 めまい……のような感覚、それに近い……気がする。あやふやすぎる。これは、まずい。

 体験したことない感覚だった。

 探偵というものに小さい頃から憧れをもってきた。夏に上陸してきた翻訳小説は何でも学園でいちばんに読了したし、その内容も興味深かった。

 だから、探偵に就職すれば——華やかな未来を考えて、気持ちが躍っていた。

 ……それなのに、それなのに、それなのにと、butを三唱した。

 だのに、だのに王一郎の望んだようなことは起きなかった。

 奇蹟は、……跡形もない希望だった、のかもしれない。


        *


 事件が起きない。つまらない。不倫を探すだけ。近くの喫茶店を探せばいくらでも見つかる。——ノートにそれだけ書き込んで、あ、このノートも買ってもらったものだっけ、と想像した。

 俺はみんなに救われているのに、俺はみんなを救えないのだ。

——うわごとでそう唱えているうちに、ふと、(悲しみを仕立て上げているんじゃなくて、ほんとうに、)本当に、 そこで途切れてしまった。嫌な感覚だけが残った。


 帰宅するしかないか……王一郎は煙草をくゆらせた。外を歩いてみても、結局何かが変わるはずもなかった。


「何やってんだろ」、俺……そう呟いても未来は変わるはずはなく。 

 結局、人工革のリクライニングチェア(さらに可動式!)に腰掛けて、ゆっくりと景色を眺め回す——。最初と何も変わっていないし、俺は何も成長していない——そのことが王一郎の心をどんどん蝕んでいく。蝕みは一旦はじけだすと止まらない、懐かしい青春のサイダーの泡のようだった。

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