無邪気な魔女にいたずらを

水生凜/椎名きさ

第1話

 今日は十月三十一日。

 世間はハロウィンで賑わいを見せている。


 ゆたかにとってこの日は、仮装して乱痴気騒ぎをしているよりずっと大事なことがある。

 今日は最愛の彼女であるきょうの十七歳の誕生日だ。


 今年の誕生日は土曜日で休みだ。本当なら朝から響を迎えに行きたかったが、外せない用事があって悠の自宅で留守番をしてどうしてももらっている。


 午後の二時過ぎに用事が終わり、悠は足早に帰路についていた。


「ただいま」

「トリックオアトリート!」

 

 響からの「おかえり」を期待してると、思いがけない単語が耳に入った。


 響の見てくれは実年齢より少し大人びた美少女だが、無邪気に破顔させながら悠の元へ向かっている。


「仮装してみたの、どうかな?」


 響がくるりと回ればワンピースの裾がふわりと翻った。

 黒を基調とした膝下のワンピースに三角帽子という魔女の格好は可愛過ぎた。

 出来るならこの瞬間、響の姿をスマートフォンで連写してしまいたいと切実に願うほどに。なんなら動画に収めたいとも。


「ふふ、すごく可愛い。お菓子どうぞ」


 悠は願望を隠して愛おしげに微笑む。帰る前に買ってきたマカロンの詰め合わせを響に渡した。


「好きなお店のものだ……ありがとうっ。私からもどうぞ」


 響が手に持っている籐の編みかごの中には、一つひとつ包装されたアイシングクッキーが入っていた。

 クッキーはおばけ、ジャック・オー・ランタン、黒猫、三日月、コウモリ、キャンディーとバリエーションが豊富だ。


「これは響が?」

「うん。アイシングは久しぶりにしたけど楽しかったよ」


 そう答える響はにこにこと上機嫌だ。


「絵も上手だね。食べるの勿体ないけどマカロンと一緒にお茶にする?」

「いいね」


 悠は響に甘めの温かいカフェオレを淹れてあげた。響の見た目から無糖を涼し気な顔で飲んでいそうな印象を与えるが、実際は眉をひそめてしまうほど苦手だ。

 魔女の格好でソファーに座り、両手でマグカップを持つ響の姿は悠を和ませる。


 皿には各々が選んだマカロンと、アイシングクッキーが並んでいる。

 響と「美味しいね」と言い合いながら食べるひと時は、充足感を覚える。


 和やかなお茶の時間だったが、悠は響の口元に目が入った。リップで彩られた唇は赤く潤っている。

 響はマカロンを咀嚼した後、無意識に上唇を舐めた。

 その仕草は、無邪気で無垢なものから、妖艶なものに成り果てた。

 

 妖しさに当てられた悠は、取り憑かれたように響を抱き寄せ、唇を塞いだ。


「悠くん、びっくりしたよ」


 腕の中で頬を染める響に、そっと耳打ちをした。


「響にいたずらしたい」

「い、い、一体、なにを……?」


 響は頬を更に紅潮させ、戸惑いと恥じらいを見せている。


「響が悦ぶこと?」

「お、お菓子ならあげたよ……?」


 動揺を隠せず狼狽える響の純粋さに、悠は笑みを隠し切れなくなっていた。

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