呼鈴
あれから新しい美容院は簡単に見つけられた。
だから晴れの日の今日は、白波さんがいなくても髪の毛はサラサラにキープ出来ている。
だからいなくても大丈夫。
大学近くのバイト先も上手くいってれば合格。
七星ちゃんがいないのは寂しいけど、給料がしっかりもらえる合法のちゃんとしたカフェ喫茶。
だからしばらくは大丈夫。
考えればあっという間の高校卒業。
なにもしこりが残らないように持っていたSNSアカウントを全て消去した。
きっと、今の私にはもういらない。
色々あった高校生活も終わりと思うと寂しいけど、ケイさんと会えなくなった寂しさに勝つものではない。
あの日、卒業と口に出したケイさんのことが気になってしまって私はまたあの部屋の前に立ってしまっている。
だけど、この時間帯には会ったことがない。
だから今インターフォンを鳴らしても意味がない。
…ちょっと駅のベンチで暇潰そうかな。
私はもう会わないと決めたのに、連絡先も自分からブロックしたのに、なんで来ちゃったんだろう。
春の日差しが温かい今日だけど、風はやっぱり冷たくて明日から着なくなる制服の隙間に入ってくる。
あの匂いも取れちゃったし、ここの駅に来るもの用事を作らなきゃ来ないよなぁ。
七星ちゃんは進学を機に1人暮らしをするみたい。
だから今度は全く違う沿線になって、この駅で会ったのは七星ちゃんの卒業式があった一昨日で最後。
多分、運命がこの駅から私を離れさせようとしてるんだよ。
うん。
そんな自問自答をし続けて3時間が経った。
電車が来て数人とすれ違ったけど、ケイさんは見かけなかった。
さすがにそろそろ帰らないと親から連絡が来る。
進学を機に大学が運営している寮で自立出来るようにひとり暮らしの練習をしたいとお願いしたらあっさりとOKを出した両親は私が勉学に前向きになったと勘違いしているんだろう。
まあいい。
親が行かせたい学校に入ってあげたんだから1人で自由気ままに過ごさせてくれって感じ。
備え付け家具以外の小物をそろそろ頼まないといけないけど、携帯のバッテリーは残り21%。
だからもう行かないと。
私は重い腰を上げてまたあの部屋の前に来た。
一度だけ。
一度だけインターフォンを押して出てこなかったらもうここには来ない。
もし、出てくれたら…。
そのあとは考えてない。
よく呼んでくれた夕方近い時間帯。
今日もし会えたらまた親に怒られるけど、まあその時はその時だよね。
私は卒業証書授与の返事よりも緊張する目の前のボタンに指を乗せる。
1回だけ、1回だけ押して帰る。
ただそれだけなのにすごく緊張して動けなくなった私は自分自身の体重をかけ、思い切って一度インターフォンを押した。
静けさの中に部屋の奥でインターフォンの音が2回鳴る。
いつものように足音が聞こえないか待ってみるけれど、いつまで経っても音は聞こえないし、扉は開かなかった。
…そうだよね。
やっぱり、連絡しないと会えないよね。
私は指先をそっとインターフォンから外し、誰もいない扉にさよならと伝えて自分の家に帰った。
環流 虹向/愛、焦がれ
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