名誉
推薦入試は無事合格。
なんだかんだギリギリで上手くいっちゃう私の人生にちょっと笑えて、淡く期待していた“不”がついている合格通知書が来なかった現実にため息をつく。
すると、紙切れの向こうで心配そうに結果を待っていたお母さんが私の表情を見て肩を落とし、泣きそうになっていたので合格と書いてある紙を渡すと一気に笑顔になった。
その顔を見てこれが最後の親孝行かなーと思っていると、忘年会帰りで少し煙臭いお父さんがお母さんの持っている書類を見て久しぶりに笑顔を見せた。
父「これで佐々木家は安泰だ。」
私が結婚したら佐々木の名字なんて捨てるけど、それで安泰って言えるのかな。
嫌いが加速していく心の中で、いつになるかもするかも分からないことを漠然と考えてしまうほど現実逃避していると冬休みが迫ってきた。
テストからも家庭教師からも解放された私は昼に終わった学校からそのまま白波さんがいる美容院へ向かうと、白波さんは接客をしていて私に気づく様子がない。
それがなんだか寂しいなと思っていると、別の美容師さんが私の隣に寄り添って今日のメニューを聞いてくる。
優愛「…あの、白波さん指名出来ますか。」
私は予約なしできてしまった事にちょっと後悔しつつ、目の前にいる美容師さんの営業を断って待ち時間の30分を白波さんの仕事見学に注いでいるとふと目が合った白波さんがポケットを漁りながら私の元に来た。
白波「あとちょっとで終わるから。」
そう言って漁っていたポケットから出したパインアメを私に手渡した白波さんは2人いる女性客の接客を淡々とこなしていく。
その感じがなんだか遊び人のようでちょっとモヤっとしていると、白波さんはその場でお客さんとお別れして私を席へ案内した。
白波「お待たせしましたっ。今日はどうする?」
と、パーマが落ちて肩下まで伸びてきた私の毛先を触る白波さんはカールが戻るようにくるくると指を絡める。
優愛「可愛い大人になりたい。」
白波「カッコいいじゃなくて?」
そう聞いてきた白波さんは目にかかる前髪を流すか、ぱっつんにするかを確認しながら鏡の私を見る。
優愛「可愛い方が好きでしょ?」
私は鏡越しに上目遣いをして作った困り顔を見せると、むすっとした白波さんは私の前髪を軽く引っ張って硬い弾力のお腹に引き寄せ、頬を鷲掴みしてきた。
白波「大人を馬鹿にするなー。可愛いだけじゃなびかないよー。」
と、気になる発言をした白波さんは私の前にあったパッドを手に取り、ヘアカタログを見始めた。
優愛「可愛いと何があったらいいの?」
私に合う髪型を探していた白波さんは鏡ごしで私とパチッと目を合わし、頭の片隅にある自分の好きな女の子像を引っ張り出してくれる。
白波「愛嬌と笑顔。」
優愛「可愛いの枠に入ってないの?」
白波「愛嬌でも可愛いと別のものがあるし、笑顔でも可愛いより別の引き寄せられるものがあるのだよ。」
優愛「はいぃ…?」
何を言ってるのか分からない白波さんは今日の私の軍資金を聞き、カットとパーマとトリートメントで綺麗なくびれボブを作ってくれた。
最初はぱっと見キノコっぽいなと思ったけど、頭を動かすたびにとぅるとぅる動くアクセサリーみたいなくびれと後ろのウェーブが可愛く感じて私は鏡の前でずっと首を振ってしまう。
白波「気に入った?」
優愛「前のより好き。今世1番好き。」
私は踊る毛先を見ながら白波さんに素直な感想を言うと白波さんは嬉しそうにして最後のマッサージを始める。
その指圧がいつもよりちょっと強くて、なんとも人に見せられる顔じゃなくなると白波さんはわざと指を伝せ、私の赤くなる頬を見て意地悪げに笑う。
白波「そういう隙は自分の好きな人に見せる。これから大学生になるんだからそこのとこ、気をつけて。」
優愛「…仕事して。」
白波「はいはい。」
隙があり過ぎだから動画で脅されるし、ストーカー事件にあうし、ケイさんにされるがままなんだよなと改めて自分のダメなところを振り返っているとマッサージが終わり、椅子を回された。
白波「お疲れ様でした。」
優愛「ありがとうございまーすっ。」
私は最後に横目で自分の新しい髪型を見てから席を立ち、ロッカーに入れていた荷物を取るとお店には私しかお客さんがいなかった。
意外と時間が経っていたことを知った私は窓辺にあるクリスマスツリーの向こうに映る街並みを見てみると季節外れの天の川があった。
窓に近い街灯のせいでまだ明るいと思っていたけど、もう夜か。
そう思い私は携帯で時間を確認しながら待合の椅子に座ってレジを打っている白波さんを待っていると、飛び入りのお客さんが息を切らしてやってきた。
私は遠い記憶にあったその後ろ髪を見て顔を確認したけど、やっぱりケイさんではなく他人。
しかもそんなタイプの人じゃなかったし、なんで惹かれたんだっけと考えていると目の前にコイントレーとレシートを出された。
白波「カット4500円、パーマ8000円、トリートメント3000円。リピ割して計13,755円ですー。」
優愛「なんか高くなった?」
私はこの間と同じメニューだったはずの会計に首を傾げながらお札と小銭を渡す。
白波「俺の役職が変わったからね。一応メッセージ
でお知らせしたけど見てなかった?」
優愛「いつもヘアケアの宣伝だからちゃんと見てなかった。」
白波「いや、見てよ。今月から+1500円になったのでよろしく。」
そう言って、しっかりお金をもらった白波さんは会計を終えて私のお見送りをしに階段を最後まで降りてきてくれた。
白波「今度は来年?」
優愛「多分。パーマ落ちたらギリギリ来るかも。」
私は毛先を踊らせるように少し体を揺らしながら答えると、白波さんはそんな私を可愛いと思ってくれたのか昔に見たキスする前の顔を見せた。
けど、今回はあの時のように囃し立てる人はいないし、好き合ってる仲でもない。
だから今日はあの日のように突然私の唇を奪うことなく、私の鼻先にあった髪を取って手を振った。
白波「じゃあまたねー。」
優愛「うん。またね。」
私は前までしつこくデートに誘ってきた白波さんが彼氏を知った途端、誘ってこなくなったことにちょっと寂しく感じながら久しぶりのデートに向けて準備をし、終業式終わりのクリスマスイブを迎えた。
環流 虹向/愛、焦がれ
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