慾深

権力

ケイさんは相変わらず、家に私を呼んで『可愛い』をくれるけど絶対『好き』とは言ってくれない。


それが桃樹さんよりモヤモヤして前よりもストレスが溜まっていると、あの日が来てしまった。


「絶対行け。」


と、タクシー代まで出されて説得された私は推薦入試の面接へ行くため、電車に揺られる。


学校では何回か練習したし、頭に全てのセリフは入っているけど全て忘れたフリをして逃げ出したい。


けど、家庭教師のミサさんにはギリギリの点数だからと大人しく推薦入試を受けることをおすすめされた。


そんな意外と倍率が高い学部に私は捨てられたので、親が説得するまでもなく行くことにしたけど腹の底で納得がいかなくて開始時間ギリギリで待機室に着いた。


そうだ、提出書類を出す前に携帯の電源切っとこ。


納得がいかなくても今のところこれしか自分の将来はないからと仕方なく冷静になって携帯を手に取り、最後に画面を見るとお父さんお母さんからの簡潔な応援メッセージの下に他の人からのメッセージがやってきているのに今気づいた。


やっぱり、七星ちゃん好き。


私は全人類がやり尽くしたと思う緊張が解れる方法を丁寧に順序だてて説明してくれているメッセージを読み、少し気持ちが和らぐ。


その下には彼氏さんの智さんからの気の抜けたひらがなの応援メッセージ。


その下には労いのヘッドスパ半額クーポンをくれた白波さんからのちょっと距離がある応援メッセージ。


その下には時たまビッグなファストフードを真夜中に送ってくる桃樹さんからの応援メッセージと洋楽の応援ソング。


けど、その人たちよりも早くメッセージをくれたのは気まぐれなケイさんで、送ってくれた時間を見ると私がちょうど家を出た時間。


すぐに気づけたらもう少しイライラする時間が少なくなってたのにな。


苛立ちも、緊張も、ちょっとした恐怖も、家族じゃない人たちに消してもらうなんてここにいる人で私以外いないかも。


そんな孤立感を持ったけれど、それが今の私の自信を保って全て準備された言葉も練習問題もスラスラ答えられた。


これで落ちるなら本望レベルでやり切れた私は乾いた土と落ち葉の香りが待っていた外へ出る。


…ああぁ、このまま出掛けたいなぁ。


ふと、そう思うほどお昼過ぎの太陽はふんわり暖かくて散歩日和。


けど、そんなこと出来なくていつもの学校に戻り、無事に試験を終えたことを報告した。


はあ、これでもう私の将来の夢はぷっちん。


なら出来る限り、これからの私のためにお金を貯めなきゃ。


大学生活を出来ることなら1人暮らしで過ごしたい私は好好茶屋のバイトをみちみちに詰め込み、初めて10万円を超えそうになった11月の終わり。


このお店では見慣れないお客さんが人気1位のルルちゃん推しでよく来るお客さんと仲よさげに話しているのが休憩上がりのカウンター脇から見えた。


…本当に来ちゃったよ。


気まぐれなケイさんだし、こんなとこ興味なさそうなのになんで来ちゃうの?


そう思っていると、その2人の接客をしていたルルちゃんが影に隠れていた私を見つけてカウンター越しに駆け寄ってきた。


ルル「あそこのイケメンがらみゅちゃん指名だったよ!いいなぁ…ぁ、羨ましいぃ…。」


きゅぅっと顔をすぼめて羨ましがるルルちゃんは私と同い年。


けど、少女漫画から飛び出してきた主人公のライバルであり親友の超絶可愛い女の子って感じでどんな顔をしてても可愛いしかないし、顔が綺麗なのに性格もいいときたもんだから誰も敵わない。


チャイナドレスが可愛くてこのバイトを選んだ理由は一緒のルルちゃんだけど、お客さんと接する心持ちは全く別物。


だから顔でも接客でも誰も勝てない。


勝とうとする気も起きないくらいレベルが違うからルルちゃんが羨ましがっているのが珍しくてちょっと優越感に浸ってしまった私は少しだけ口元が緩み、側から見たら嫌な笑みを浮かべていたと思う。


けど、やっぱりルルちゃんはいい子でオーダーされたドリンクを私と一緒に作り、おまじないをかけに行く。


優愛「ハニーフレッシュはちみつレモンスカッシュお待たせしましたー…っ。」


初めてケイさんにチャイナドレスを生で見せる私は初舞台でダンスした時よりも緊張していて声が少し上ずりそうになる。


そんな私を見たケイさんは少し笑いを堪えているような、意地悪げな笑顔でお礼を言って私が挿そうとしていたストローを自分で挿してしまった。


ルル「あ…。」


と、ルルちゃんはおまじないに必要だったストローが勝手にさされた事に驚いたみたいで顔も体も固まってしまうと、ケイさんのお友達が呆れたようなため息をついた。


「おーい、勝手な事するなって。らみゅちゃんごめんね?びっくりしたよね。」


優愛「い、いや…、大丈夫です!」


私は急いで新しいストローを1本取りに走り、定期的に様子を見に来る黒服に紛れた店長さんからストローを手渡される。


それが最近売上の伸びが悪いここのお店に1人でもリピーターを増やせと言ってみるみたいで、ちょっと嫌。


…けど、知らないおじさんよりいいかな。


そんな淡い期待を抱きながらルルちゃんの元に戻り、従業員2人でするちょっとレアなおまじないをかけてケイさんのはちみつレモンソーダのグラスに2本目のストローを挿す。


ケイ「わーい。うれしー。」


絶対思ってないじゃん。


そう言いたくなるほど、棒読みで喜んだケイさんは片手でグラスを取ると今さっき私が挿したストローを2本指で押さえながら私の胸上まで持ち上げた。


ケイ「一緒に飲む?」


優愛「のっ…?」


カウンターチェアに座っているケイさんは上目遣いをしながら私にねだるような視線を送ってくる。


いつもならすぐに口つけちゃうけど、さすがにここでは出来ない…。


「こら。そういうの禁止だから。」


と、聖人様のお友達はケイさんのNG行動を注意するといつものようにこっそりとルルちゃんがいつもつけているガーターベルトにチップを挟んだ。


まあ、それもダメなんだけどね。


そう思っていると、するっと私の外ももに温かい指先が這い上がってきて私のチャイナドレスの裾をちょこっとだけめくった。


優愛「…タッチが店長にバレると罰金でーす。」


私は自分の指先をメニューの下にデカデカと書いてある注意事項に置き、ケイさんの目をじっと見るとケイさんはちょっと拗ねたように私から離れて1人でジュースを飲み始めた。


けど、その横顔がやっぱりかっこよくて何度見ても見惚れてしまう。


「らみゅちゃーんっ。こっち。」


優愛「…あ、はーい。」


けど、バイト中だから今はケイさんに全ての時間を避けない。


私は後ろ髪を引かれる思いをしながら別卓のお客さんの元へ行き、お金を稼ぎに向かった。



環流 虹向/愛、焦がれ

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