支配

初めては白波さん。


初めては桃樹さん。


初めてはケイさん。


みんなそれぞれ私に初めてをくれた。


だから私も初めてをあげられる存在になりたい。


そう思えるようになって、初めて将来に対する興味が持てた。


優愛「私、保育士になりたい。」


その言葉に久し振りの休みがあった2人は同時に箸を落として空気を氷付けにした。


母「…今更、進路変更?」


優愛「受ける学部を変えたいの。大学はそのままでいいよ。」


父「何言ってんだ。そんな事、出来るわけないだろ。」


優愛「この間、学校見学の時に質問したら筆記試験にすればいいって。」


母「…それって大学のテストを何も手助けなしでやるって事なのよ?分かってる?」


優愛「分かってるよ。だから…」


父「無理だ。」


と、お父さんは落とした箸を拾い、テーブルに叩きつけた。


父「お前の地頭であの大学には合格出来ない。そのまま推薦入学しろ。」


…私ってそんなにダメな子?


バカでも働いてるし、バカでも偏差値上げたし、バカでも人の気持ち考えてこれでも動いたつもりだったんだけど。


生まれて初めてちゃんと将来のこと考えたのに、2人の中では生まれたての赤ん坊なのかな。


あー…、もういいや。


優愛「推薦状出せば?」


父「そのつもりだ。」


優愛「私は面接行かないけど。」


父「…何言ってんだ?」


お父さんは今までに見たことがない顔で私のことを睨みつけるけど、良い子でいることを放棄した私はお味噌汁をかき込み、冷しゃぶと千切りキャベツが乗っているプレートの上にお茶碗を裏返して白米を乗せる。


優愛「もうご飯いらないから。明日から2人だけで食べなよ。」


母「ふざけたことしないで。」


お母さんも声を荒げ始めたけど、もういい。


2人とも私のことずっと無視してるんだから私も無視しちゃっていいでしょ。


優愛「1人で食べるから。お風呂は明日。おやすみ。」


私は背後で怒鳴られても無視して自分の部屋に入ってひとりきりになる。


少し前なら桃樹さんの家、もう少し前なら白波さんの家に行ってたけど、もう2人に構ってもらうことが出来ないからここにいなきゃ。


…悲しくないはずなのに涙が落ちてくる。


怒ると涙出るからあんまりイラつきたくないんだよな。


これも大人になれたら変わったりするかな。


大人の人と会話が出来たなら怒ることも少なくなるかな。


そう思いながらケイさんから引越し終わりのメッセージを待って2週間。


もう2学期が始まってしまった。


しかも嫌がらせの家庭教師は週4に戻されるし、通帳を奪われてしまった。


けど、キャッシュカードは持ち歩いてたからギリギリOK。


好きな時に買い物が出来る。


好きな時に電車に乗れる。


好きな時にケイさんの元へ行ける。


それだけが頼りで夏休み始めに手入れしてもらった髪をまた整えてもらおうかなと、白波さんのSNSに書いてあるメニューを見ていると画面上にメッセージが現れた。


『今日、来て。』


初めての違う誘い文句。


それに私はすぐ返信して桃樹さんからもらったお下がりの自転車でケイさんの家がある最寄り駅までゆったりと向かう。


その時に当たる生暖かい風の匂いが夏終わりかけの全てが湿気ってる匂いと夕方になって少し熱が和らいだアスファルトの匂いが体全身を包んで、教室に充満していた制汗剤の匂いを落としてくれる。


あの液体は火照った体を冷やしてくれるけど、匂いはみんなと混じっちゃう気がしてあんまり好きじゃない。


だからケイさんのタバコの匂い、つけてもらおう。


深夜の全身浴にハマって汗腺が広がりやすくなった私は首と背中を汗だくにさせてケイさんが言っていた駅前に着いたと連絡すると、ケイさんはそこから線路に沿って歩いてきてと言って短い距離だったけれどいつもの電車1駅分自転車を引っ張り歩いた。


すると、ケイさんは隣駅すぐの踏切を渡った所から見えた駐車場のあるアパートと電話で教えてくれて、105に来てとさっぱりした声で言って電話を切った。


私は相変わらずだなと思いながらその駐車場の脇に自転車を止めて一旦ティッシュで汗を拭き取り、インターフォンを鳴らす。


すると、やっぱり気だるそうな足音がやってきて扉を開けてくれた。


ケイ「暑い?」


優愛「あちゅあちゅ。」


ケイ「何?バブ期?」


と、ケイさんは汗ばんだ私の腕を引っ張り、中に入れると湿っている背中側のシャツを引き出しながら新しい部屋に入れてくれた。


けど、そんなに間取りは変わってなく、変わったと言うなら前の家より壁と床が綺麗になってベッドのマットレスが少し厚くなっただけ。


ケイ「なんか飲む?」


優愛「うん。」


私が頷くとケイさんはキッチンと廊下が一緒になっている所に置いてあった冷蔵庫から炭酸水を取り出して私に手渡した。


ケイ「お茶なかった。」


優愛「いいよ。ありがとー。」


初めて炭酸水というものを飲む私はサイダーを飲む感覚で口の中に入れると、レモンピールの渋みだけ付け足した味に驚き、飲んでた口端から巨峰分の雫をこぼしてしまった。


ケイ「焦って飲みすぎ。」


と、ケイさんはタオルを出すのがめんどくさいらしく自分が着ていたシャツの裾で私の初めてを拭き取った。


優愛「…苦かった。」


私が正直に初めての感想を呟くと、ケイさんは初めて驚いた顔をしてお腹を抱えて笑いだした。


その姿にまた私は驚いていると、ケイさんは声が出ない笑いを必死に堪えながら私の肩に腕を回して抱き寄せた。


ケイ「不味かったねー。けど、ちゃんと水分補給しないとダメだよー。」


と、目が潤んでいるケイさんは半笑いしながら私の口にペットボトルを押し付け、少し強引に炭酸水を飲ませてきた。


それに少しだけ嫌と思ったけどケイさんがこんなに楽しそうにしてるのが初めてで私は苦いのを我慢して初めてが500ml入っている水分を3分の1飲み干した。


ケイ「いい子いい子。じゃあシャツ脱いじゃおう。」


そう言ってケイさんは私の胸上にあるボタンをポチポチ外し、綺麗で真新しいベッドを使わせてくれた。



環流 虹向/愛、焦がれ

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