第十一章 ラスボス登場?
第64話
東京から帰ってきて一週間ほどがたったその日、インターフォンが鳴った。
「えー、誰……?」
漸からは荷物の予定がない限り、インターフォンが鳴っても出るなと言われている。
セールスとかもっての外だし、不審者だったら困るから、って。
とはいえ、両親や、とくに祖父が突然、来たりもするので、モニターは確認するのだけれど。
「いや、誰よ?」
しかしながら画面の向こうには高圧的なスーツの男性がふたりが立っており、その奥にちらりと若い女性が見えた。
「これは無視していい案件だよね……?」
彼らに全く、心当たりはない。
もしかしたら漸の客である可能性もあるが、漸はいま東京なのだ。
「……もしかして店と間違えているのかもしれないし。
無視、無視」
ちなみに、通り一本向こうに隠れ家的レストランがあり、そこと間違われるのはたまにある。
無視だと決めたのに、またインターフォンが鳴る。
それでも無視を続けていたら、さらに。
しかも画面の向こうでは若い女性が盛んにふたりの男性へ喚き立てているが、しかしながら応答ボタンは押していないのでこちらには聞こえない。
「うーん」
精悍な見た目なのに、どうも困り果てているように見える男性たちが可哀想になってきて、応答ボタンを押した。
『いつまで待たす気』
瞬間、キンキンとあたまに響く甲高い声が聞こえてきて、思わず画面から距離を取った。
「えっと……。
どちら、様?」
『私、荒木田……』
『さっさと開けなさいよ!
この私がこんなところまで来てやったんだから!』
濃紺スーツの男性は極めて礼儀正しく名乗ってくれているが、女性の声がそれを全部かき消してしまう。
……うん、無視したい。
が、このままでは近所迷惑になりそうだ。
「……どうぞ」
仕方なく、門のロックを解除した。
玄関まで行ってお客の到着を待つ。
すぐにピンポンとチャイムが鳴った。
「はい」
「この私を待たせるなんて、どういうつもり!」
ドアを開けると同時に怒鳴られたが、本当にどなた様?
「あー、喉が渇いたわ」
若そうではあるが年齢不詳の女性は勝手に、家の中に入っていく。
だってさ、ツインテでピンクのゴスロリ衣装、しかもぬいぐるみ?って感じのバッグを斜めがけとかしてあれば、そうなるよね?
高校生といわれても納得だし、アラサーだと言われてもそうか、とくらいにしか思わない。
「志芳様、お待ちを!」
すぐに黒スーツの方の男性が彼女を追う。
急に目の前が暗くなったな、と思ったら、濃紺スーツの方が私の前に立っていた。
「失礼いたします。
私、荒木田総理のご令嬢、志芳様専属ボディーガードの……」
「……ご丁寧に」
スマートに差しだされた名刺を受け取る。
そこには所属しているであろう会社名に名前、連絡先だけが印刷されていた。
しかし、荒木田総理のお嬢さんが私に何用?
あ、そういえば、漸の結納相手は荒木田総理のお嬢さんだと聞いた気が……。
「志芳様が有坂様に、お願いがあるようで」
「お願い……」
玄関で立ち話もあれなので、リビングへ向かう。
「いつになったらお茶が出るの!?
あ、私は紅茶しか飲まないから!
ティーバッグなんてダメよ!」
私を見て、すぐに志芳さんの声が飛ぶ。
注文が大変多いが、うちは漸がコーヒー派なのと、私は安い紅茶でも満足できてしまう人間なので特価のティーバッグしか置いていない。
しぶしぶながら無言でキッチンへ行き、電子ケトルをセットする。
そういえば少し前に、頂き物だけどと母がくれた紅茶があったな、と探しだした。
これもティーバッグだが、いいお茶だから誤魔化されてくれないかな。
「さすが、漸。
趣味のいい家に住んでいるわ」
――漸。
呼び捨てにされ、ひくっ、と唇が攣った。
「一緒に住んでいる女は、最低だけど」
ピクピクと口端が痙攣する。
すみませんね、今日は一日、ミシン作業の予定だったから、パーカーにスウェットパンツなんて緩い格好で。
髪も邪魔にならない程度の雑お団子だし、化粧も必要最低限しかしていないんですよ。
「……どうぞ」
引き攣った笑顔で彼女の前に紅茶を置く。
ボディーガードさんたちにも勧めたが、申し訳なさそうに断られた。
職務中だとダメなのかな。
なら、悪いことをした。
「ねーぇ?
茶菓子は出ないのーぉ?
ピエル・アンリーのマカロンが食べたーい。
季節限定の、フランボワーズのやつーぅ」
ピキッ、とまた、笑顔が引き攣る。
漸が好きだから、と買ってあるYUKIZURIの、しかも期間限定のブルーベリーを仕方ないから出そうかと思ったけど、やめた。
ピエル・アンリーとか高級店、しかも大都市の百貨店にしか入っていないような店が、金沢にあるわけがない。
「ねーぇ、ちょっと買ってきてーぇ」
「はっ」
若い方のボディーガードさんは携帯で店の場所を調べはじめたが、金沢に店はないんだって。
「……はぁーっ」
ため息をつき、YUKIZURIを適当なお皿に盛る。
ううっ、漸、ごめん。
また近いうちに買っておくから。
「……これで我慢してください」
彼女の前にお皿を置いた。
別にわがままに屈服したわけではなく、ボディーガードさんたちが非常に可哀想だからだ。
「だからーぁ、私はピエル・アンリーのマカロンが食べたいの。
季節限定のフランボワーズがぁー。
あ、マクシェリシュのストロベリータルトでもいいわ」
なんだか呪文みたいな知らない名前が出てきたが、それもきっと東京にしかないお店なのだろう。
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