第十章 抱かせていただいてもいいですか

第58話

なんだかんだありながら金曜、最終の新幹線に乗れた。


「すみません、なんかギリギリになって……」


ホームに着くと同時に発車のベルが鳴りだした。

もうほんと、間一髪だったわけですよ。


「別にかまいませんよ。

乗り遅れても明日の新幹線にすればいいだけですし」


私の手を引いて漸は車内を歩いていく。

グリーン車で切符に記された席を探し、ようやく座った。


「ううっ、でも……」


東京駅には昼前には着いたのだ。

駅の中だったらひとりでも大丈夫。

なんて思った私が莫迦だった。

つい楽しくなってあちこち見て回り、漸との待ち合わせ場所に向かおうとしたが、……迷った。

結局、漸に迎えに来てもらったせいで発車ギリギリになったというわけだ。

まあ、おかげで、目的のものはしっかり買えたけれど。


「私でもときどき、現在地がわからなくなりますからね、気にしないでください。

それよりも遅くなりましたが晩ごはんにしましょう。

駅弁、買っておいてくれたんでしょう?

これ、ですか?」


「……はい」


漸は持っていた荷物の中からお弁当を選びだし、あとは全部、棚に上げた。


「私、駅弁って食べたことないんですよね。

楽しみです」


うきうきと漸がお弁当を開ける。


「うわぁ、美味しそうです!

……うん、美味しい」


牛肉弁当を食べて漸はにこにこ笑っている。

その幸せそうな顔にようやく気持ちが上向いてきた。


「なんだかたくさんあって選べなくて。

一番人気だって書いてるのにしました」


私も自分のチキン弁当を開ける。


「そっちも美味しそうですね」


唐揚げとチキンライスのお弁当を見て、漸がにっこりと笑う。


「唐揚げ一個、食べますか?」


「とても引かれますが、遠慮しておきます。

だって鹿乃子さんの分がなくなっちゃいますからね」


四つが三つに減ったところで、別にいいんだけどな。


金沢に着いたのはもう、日付が変わる前だった。

さすがに今回はふたりで一週間東京だったので、車では来ていないからタクシーで帰る。


「ただいまー」


玄関に入った途端、漸は私に抱きついた。


「ああ、やっと家に帰ってきました」


私を抱き締める、漸の腕は少し震えていた。


「……おかえりなさい」


腕を伸ばし、ぎゅーっと漸を抱き締め返す。

もしかしたら二度と、漸と一緒にこの家へ帰ってこられなかったかもしれない。

本当によかった、漸と一緒にまたこの家に帰ってこられて。


「今日は遅いのでお風呂に入ってもう寝ましょう」


「ですね」


ゆっくり湯船には浸かりたいが、時間が時間なのでシャワーで済ませる。


「おやすみなさい、私の可愛い鹿乃子さん」


「おやすみなさい」


リラックスしているのか、漸はすぐに寝息を立てだした。

東京だと何度も夜中、寝返りを打ったりしていたのに。


「やっぱり、この家がいいですよね」


漸の寝息を聞きながら、目を閉じる。

おやすみなさい、漸……。

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