第51話

店員に見送られて店を出る。

今度はどの店、と決めていないので、手を繋いでぷらぷら歩いた。

気になる店には入ってみたいが、場所が場所だけに気後れする。


「あ、こことかどうですか」


そのうち、私も知っているプチプララインのアクセサリーショップを見つけた。


「可愛い鹿乃子さんがいいのなら」


特段反対されることもなく、店に入る。

ショーケースを見ながらほっとした。

これくらいのラインなら、とりあえずでも大丈夫。


「漸はどういうのがいいですか?」


私はいいが、漸から見たらこんな安いの、なんて言われたどうしようと、若干の不安を抱きつつ隣に立つ漸を見上げる。


「そうですね……。

シンプルなものの方が、着物にもあっていいかもしれません」


しかし漸は私の心配なんてよそに、真剣に選んでいた。

一度は離した手を、ついまた繋ぐ。


「鹿乃子さん?」


「ふふっ、なんでもないです。

漸は男性にしては指が細くて綺麗なので、存在感のある太い指環より、繊細な細い指環が似合いますね、きっと」


意味がわかったのか、漸が私の手を握り返してくる。


「そうですか?

鹿乃子さんこそ小さくて可愛い手をしていますから、細い指環がいいですよね。

というか、サイズは大丈夫なんでしょうか?

細すぎてサイズがないなんてことは……」


みるみる漸の顔が曇っていく。


「大丈夫です。

……たぶん」


よく考えたら、いままで指環なんて着けたことがない。

自分で買うこともなかったし、……もちろん、昔の彼氏からも買ってもらっていない。

そうか、私の指に初めて指環を嵌めるのは、漸なんだ。


「ふふっ」


「鹿乃子さん?」


つい笑ってしまった私の顔を、また漸がのぞく。


「なんでもないです。

あ、これとかどうですか?」


きっとこういうのを、幸せっていうんだろうな。


いくつか候補を選び、見せてもらう。

……が。


「……まさか、私の方がサイズがないだなんて思いませんでした」


がっくりと項垂れた漸と一緒に店を出る。

結局、気に入ったデザインはあったが、漸の指が細すぎてメンズリングのサイズがなかったのだ。

だって、9号だったんだよ、9号!

お直しにひと月ほどかかると聞き、すぐに欲しい漸としては諦めた。


「次のお店はあるといいですねー」


漸には悪いが、ふたりでぷらぷら歩いて回るのはけっこう楽しい。


「案外、こういうところに入ってるお店だと、あるかもしれません」


適当なファッションビルに入り、アクセサリーを見て回った。

でもやはり、ペアリングとなると漸のサイズが厳しくなってくる。


「これは私には、鹿乃子さんのものになる資格がないということなんでしょうか……」


どんどん漸が後ろ向きになり、いじけていく。


「そんなこと、あるはずないじゃないですか!」


指環ごときで、なんていうのは漸には通じないんだろうな。

それほどまでに彼にとって、大事なものみたいだし。


「……はぁーっ」


また、漸の口から物憂げなため息が落ちていく。


「あのですね。

……ペアリングに拘らずに、同じ指環にしたらどうでしょう?」


「だから、ペアのリングのサイズがないんですよ……」


ううっ、もうこの世の終わりみたいな顔をしないで!


「そうじゃなくて。

全く同じ指環の、サイズ違いを買うのはどうですか?」


男性もので9号は厳しいが、女性もので9号はそうではない。

男女兼用できるようなシンプルデザインのものにすれば、問題ないのでは?


「それはいい考えです!」


私の手を両手で掴んだ漸の、顔が迫ってくる。

それはいいが、近すぎる。

さらにここまで近づけたついでだとばかりに、口付けして離れるのはどうかと思う。


「確かにそれだと、大丈夫そうです」


ようやく機嫌がよくなったのか、うきうきと漸は指環を選びだした。

……うん。

人前ではキスは控えてもらうようにしよう。

ちょっと人目が、痛い。


最終的にホワイトゴールドの、少しウェーブの入った細めの指環にした。

包んでもらいながら漸はにこにこ笑っていて、私も幸せな気分になった。


「夕食は食べて帰りましょう」


漸につられたのか微笑む店員に見送られて店をあとにする。


「そうですね」


手を繋いで漸と歩く。

どこにしようか相談した結果、お客様とたまに来るところだというお店に漸は連れていってくれた。


「これで鹿乃子さんから印をつけてもらえるのだと思うと、もう」


「そんなに嬉しいですか」


「それはもう」


上機嫌な漸と食事をする。

高級な洋食屋だが、うちは選ばれた人間しか入れないのだと客を選んでいる感がして居心地は悪かった。

いくら味がよくても、これは嫌だ。


「すみません。

このお店はちょっとあれでしたね」


漸も感じ取ってくれたらしく、デザートは断って店を出た。

代わりに、まだ開いている洋菓子店でケーキを買う。

タクシーもマンションより少し手前で降りて、コンビニでコーヒーを調達した。


帰り着き、ふたりで並んでソファーに座る。


「鹿乃子さん」


レンズの向こうから漸が、私を見る。

怖いくらいに真剣な瞳で。


「……私に、私は鹿乃子さんのものだという印をつけてくれますか」


漸の手が、指環のケースを開く。

そこには先ほど買った指環がふたつ、並んで入っていた。


「……はい」


緊張で震える唇で肯定の二文字を紡ぎ、指環を掴む。

左手で漸の左手を持ち上げ、その美しい薬指へと指環を嵌めた。


「私に、鹿乃子さんは私のものだという印をつけさせてくれますか」


「……はい」


漸の手が指環を取り、差しだした私の左手薬指に指環を嵌める。


「これで私は鹿乃子さんのもので、鹿乃子さんは私のものです」


眼鏡の奥の瞳がみるみる泣きだしそうに歪んでいく。

私の頬に触れた手は、抑えきれない感情で震えていた。


「……鹿乃子。

愛してる」


ゆっくりと漸の唇が私の唇に触れて、離れる。

しばらく見つめあったあと、漸は私を抱き締めた。


「こんなに幸せなことがあっていいんでしょうか」


「あっていいんですよ。

だって漸はいままでたくさん傷ついてきたんだから、これからはいっぱい幸せになりましょう」


その背中へ腕を伸ばし、ぎゅーっと抱き締め返す。

漸は私のものだ。

誰にも渡さない。

私も漸のものだから、誰のものにもならない。


「早く金沢に帰って、可愛い鹿乃子さんを抱きたいです」


「えっ、あっ、……はい」


そんなことを真面目に言われると、恥ずかしい。


「明後日まで、あと少しのおあずけです。

でも楽しみは取っておいた方が、より楽しめますからね」


ふふっ、とか漸は笑っているが、なんだか不安です……。

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