第44話

そのうちサラダがきて、漸が私のお皿へと取り分けてくれた。

のはいいが、このふたりの関係がいまだにわからない。

副業のパートナーとしか聞いていないし。


「あの、漸の副業って……?」


そういえば前に聞いた、副業があるから収入には困らない、って。

けれどどういうものかは具体的に聞いていない。


「経営コンサルですよ。

とはいえ、ほぼ経理面からですから、税理士と似たようなものですが」


「似たようなもの、ってなんで税理士ではないんですか?」


うちでも帳簿を見てくれていたから、そういうのに詳しいのはわかる。

父に節税のアドバイスもしていたし。


「資格試験には合格しているんですが、実務経験が足りないんですよ。

登録もしていませんから、似たようなもので税理士ではありません。

なのでアドバイスはできますが、申告等はできません」


「そう、なん、です、ね」


説明してくれても私にはよくわからない。


「はい。

本当は税理士を目指していたんですが、父に反対されました。

それで税理士になった一斗と一緒に、経営コンサルの会社を立ち上げたんです」


「ま、ほとんど俺ひとりがやってるけどな」


立本さんは苦笑いし、レタスを口に入れた。

これは、漸なりの小さな抵抗だったんだろうか。

そう考えて胸が少し、痛んだ。


「でも、もう反対する人間はいませんからね。

金沢で雇ってくださる税理士事務所を探して……」


「その話なんだけどよ」


フォークで人を指すのは、どうかと思いますよ、立本さん。


「俺と仕事をしていた期間で規定にあう時間を積算したら、十分、実務経験に足りると思うぞ」


「ああ、そうですか……」


みるみる、漸の目が潤んでいく。

ずっと叶えたかった夢が叶うんだ、嬉しいに決まっている。


「よかったですね、漸」


「鹿乃子さんのおかげです。

鹿乃子さんが父と、戦ってくれたから」


私の手を握る漸に、ううんと首を振る。


「違いますよ、漸が諦めなかったからです」


昨日の私はなにもしていない。

頑張ったのは漸だ。


「おー、おー、お熱いねー」


ふたりで見つめあっているところを立本さんに茶化され、見る見る頬が熱くなっていく。


「いいなー、俺も嫁さんもらうかなー」


ぐいっ、と立本さんはグラスを呷った。


「一斗に相手の方が大事にできるのなら、お勧めしますがね……」


はぁっ、と漸の口から苦悩の多いため息が落ちていく。


「えと」


「一斗は私と反対で、女性と見れば見境がないんですよ。

よくいままで刺されなかったと思います」


あー、さっきから目のあう女性へマメに、ウィンクなんて返しているから、それはなんとなく納得できる。


「おい、それは言いすぎじゃないか。

俺は複数と同時に付き合ったりはしない。

付き合っている間はその女ひとりだ」


俺は誠実だ、とばかりに立本さんは反論してくるが。


「でもサイクルが早すぎます。

先週付き合っていた女性と今週付き合っている女性が違うんですから」


はぁっ、と再び漸の口からため息が落ちた。


「その。

凄く基本的なことを訊いてもいいですか?

漸と立本さんはどういう関係なんですか?

あ、いえ、仕事のパートナーというのは聞きましたが」


漸の気の許し方が、それだけじゃない気がする。


「大学の同級生なんですよ、ひとつ年上ですが」


「大学の同期なんだ。

俺のほうがひとつ上だが」


ふたりが同時に口を開き、顔を見あわせる。


「この人、一浪しているんですよ、それで」


「俺は一浪したからな。

だから」


また同じタイミングでふたりが口を開く。

なんだかそれが、おかしくなってきた。


「鹿乃子さん、笑うことないじゃないですか」


「おい、笑うことねーじゃねーか」


またも口を開いたのは同時だった。


「だって、よっぽど仲がいいんだな、って思って」


今度は困惑気味にふたりが顔を見あわせる。

よかった、もしかしたら私に出会うまで、漸には誰も理解してくれる人がいなかったんじゃ、なんて思っていた。

しかしこんなに仲のいい人がいたなんて。

それだけで安心できた。

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