第26話

「明日は休みですから東京を案内しますよ。

今日はもう……」


「三橋さん」


気を取り直して笑う彼の袖を引く。


「……なんですか?」


すっ、と笑顔を消して不安そうな顔に彼はなったが、これは大問題なのだ。


「どこで、寝るんですか?

ここ、ベッドどころかお布団もないのに」


「あー……」


長く発しながら彼が天井を仰ぐ。


「すっかり、忘れていました……」


はははっ、なんて情けなく笑う彼は可愛いが、これはゆゆしき事態ですよ?


「というか、いつもどうやって寝てるんですか」


「このソファーで」


「お布団は?」


「空調が効いているので寒くありませんので。

それでも寒い日は、コートをかぶって寝ますね」


「はぁ……」


さも当たり前、というふうな顔を三橋さんはしているが、……ヤバい、この人は生活破綻者だ。


「ちなみにお風呂は……」


「シャワーは浴びますよ。

接客業ですから身だしなみは肝心です」


ええっ、と……。

家だとたまに、寝ているんじゃないかと不安になるほど長風呂の三橋さんが、シャワーだけ?

入浴剤に拘って何種類も揃え、今日はなんにしようって楽しそうに選んでいる三橋さんがシャワーだけ?

ありえない。


「……食事はどうしているんですか」


せめて、外食で済ませているとか、出前に頼っているとか言って! と願ったものの。


「カロリーバーとかゼリー飲料とかですかね……。

カロリーさえ取れれば問題ありませんから。

あ、最近は、特に朝は可愛い鹿乃子さんと一緒に食べますからね、トーストくらいは用意するようになりました」


どや顔の三橋さんを無言で見上げる。

ダメだ、この人は。

ひとりで放置していてはいけない部類の人間だ。


「……三橋さん」


ぽん、と彼の肩を両手で叩く。


「はい?」


なんですか? と少しだけ彼の首が傾いた。


「次からこちらへ来るときは作り置き惣菜を作りますので、荷物にはなるかと思いますが持っていってください。

それで、少しでもまともなごはんを食べて」


面倒くさいとか言ったら、括りつけてでも持っていかせる! くらいの気持ちを込めて軽く睨んでいるのに、みるみる三橋さんの顔が輝いていく。


「こちらでも毎日、可愛い鹿乃子さんのごはんが食べられるんですか?」


「そう、なりますね」


「こんなに幸せなことがあっていいんでしょうか!」


「えっ、うわっ」


ぎゅうぎゅうと三橋さんが抱きついてくる。


「ありがとうございます、鹿乃子さん」


「えっ、いや、別に。

三橋さんが心配、ってだけで」


なんかズレている気がしないでもないが、凄く喜んでいるからいいことにする。


今日は遅いし、布団は明日、買いに行くことにした。


「先にシャワーを浴びてください」


「そう、します」


着替えを持ってトイレ兼浴室へ行ってはたと気づく。

……着替えはどこでしたらいいんだ?


「あのー、三橋、さん。

どこで着替えたら……?」


いまだに家でも、着替えは別々だ。

三橋さんは私の前でも平気で着替えるが、私はまだ恥ずかしい。

ここは浴室を出たら即部屋みたいな間取りなので、閉じられた空間はユニットバスしかない。


「あー……」


再び、彼が天井を仰ぐ。


「いつもひとりなので、考えたことなどなかったです……」


がっくりと彼のあたまが落ちたが、再び大問題ですよ、これは。


「あー、えと」


再び、ユニットバスの中を見る。

トイレと浴槽部分はシャワーカーテンで区切られているから、トイレ部分で着替えればなんとかなりそう?


「どうにかするので、大丈夫です」


濡らさないようにとにかく、気をつけて入ろう。


「あがりました……」


リラックスできるはずのお風呂でぐったり疲れ、出たときには部屋にベッドが出現していた。


「これ……」


「このソファー、一応、ソファーベッドなんですよ。

これなら兼用できるから便利だと決めたんですが、いままで一度もベッドにして使ったことはありません。

……じゃあ私も、シャワーを浴びてきますね」


三橋さんはなにも気にすることなく、浴室の前で着物を脱ぎはじめた。

のはいい。

のはいい、が。


「三橋さん!」


「はい?」


なにか問題でも? なんて顔で、下着に手をかけたままこちらを見ないでほしい。


「……下着はせめて、中で」


なるべく見ないように気をつけながら、背を向ける。


「ああ、そうですね。

失礼しました」


少ししてドアの閉まる音がし、やっと身体の緊張を解く。


「……デリカシー」


とか、東京の三橋さんに言っても無駄な気がする。


「で、あの紐パンはさー」


洗濯物は干していたから知っている。

が、彼が着替えをはじめたらさりげなく部屋を出ていたので、実際に身につけているところを見たのは初めてだ。


「……ヤバいって」


思いだした途端に、顔が熱を持つ。

耐えられなくなって抱えた膝の間に顔をうずめた。

着物に響かないデザインであれを選んでいるんだろうが、……エロすぎる。


「あがりましたー」


ようやく顔の熱が引いた頃、三橋さんがシャワーを終わらせてきた。


「じゃあ、寝ましょうか」


「そうですね」


ソファーベッドに私を抱き締めて横になり、三橋さんが上から着物をかぶる。


「おやすみなさい、可愛い鹿乃子さん」


「おやすみなさい」


ソファーベッドは実家にある私のベッドよりも小さいので、さらに身体を寄せた。

私を包む三橋さんの体温は温かくて、これなら眠れそうだ。

……高級大島を布団代わりにしていることについては考えない。

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