第24話
翌日、東京へ向かう新幹線の中で、三橋さんはずっと思い詰めた顔をしていた。
「三橋さん?」
「ああ、ええ。
大丈夫です」
笑ってみせたけれど、ぎこちない。
昨晩、あれだけ言っても彼の不安は晴れていなくて、それだけ闇が深いのだと痛感させた。
「終わりましたらすぐに帰ってきます」
早めのランチのあと、私を住んでいるマンションへ送り届けて三橋さんはバタバタと出ていった。
「三橋さんの家、か……」
ソファーから見渡した室内は、酷く殺風景だった。
金沢の家はあんなに広くて立派なんだから、さぞかし高級なマンションに……と想像していたが、確かにレベルは上だがワンルームだし。
それに、妙にダイニングテーブルが小さいな、とモニター越しに思っていたけれど、本当に申し訳程度に置いてあるだけだった。
「てか、どこで寝ているんだろう?」
ワンルームなのに、部屋の中にベッドはない。
カーテンすら、ない。
「もしかして他に部屋か、せめてロフトがある……とか?」
しかしながらどこを探してもロフトなどない。
他の部屋も当然ながら存在しなかった。
「でもさ、床に直接布団って、身体痛くないのかな?」
さすがにそこまでは……と、開けてみたクローゼットには簡素な桐箪笥が収まっているだけで、布団の類いが全くない。
「え、三橋さんって、どういう生活してるの……?」
あまりにも謎すぎる。
さらに浴室はトイレと一体になった、ユニットバスだった。
「ええーっ」
一般的な部屋よりは広いとはいえ、ワンルームだ。
探検はあっというまに終わってしまう。
またもとのソファーに戻ってきて、ぽすっと座った。
「え?
え?」
わけがわからなすぎてあたまが混乱する。
『観葉植物を置いたら素敵ですよね』
『ソファーとラグの色は揃えましょう』
『スマートスピーカー、三色から選べるので各部屋にあった色にしましょう』
あの家の家具を揃えたときの、三橋さんが蘇る。
あのとき、三橋さんはとっても楽しそうだった。
なのに、この部屋って。
「……これが、東京の三橋さんということか」
あの人は私に出会うまで、いったいどんな生活をしていたんだろう……?
することもないので、ぼーっと置いてあるスマート端末で映画でも観る。
「遅いな……」
三橋呉服店の土日の営業時間は六時までだ。
なのに七時を回っても連絡すらない。
「どーしたんだろー」
三橋さんはいつも、マメに連絡をくれる。
それこそ、いま終わったから帰るだの、今日は遅くなりそうだの。
うるさいくらいにスピーカーから話しかけてくれるのだ。
だから、こんなになにもないのは不安になってくる。
「連絡、してみる?」
私からして悪いわけではない。
メッセージアプリを起こし、文字を入力しようとしたタイミングで三橋さんから上がってきた。
【申し訳ありません、遅くなりそうです。
キッチンに出前のメニューが置いてありますから、それで夕食を済ませてください。
本当にすみません】
「え……」
忙しいなら仕方ない。
ひとりで夕食を済ませるのにも不満はない。
でもなぜか、三橋さんらしくない気がした。
【わかりました。
何時に終わりそうですか】
いくら見つめても既読にはならない。
「……あ」
諦めてアプリを閉じたところで気づいた。
「電話じゃ、ないからだ……」
新幹線の中など通話を控えなきゃいけないところでない限り、三橋さんは電話か、スピーカーへの話しかけだ。
私の声を聞きたいからと譲らない。
なのに、あんな内容でメッセなんて。
「きっと、電話をかけられないところだったんだよ」
そう、自分に言い聞かせてキッチンへメニューを取りに行く。
「あ、金沢じゃないお店も大丈夫なんだ」
わざと明るく振る舞い、宅配を頼む。
けれど美味しそうだと取ったパスタは、なんだか味気なかった。
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