第24話

泣きすぎて頭がぼーっとする。

悠将さんは私を支え、ソファーに座らせてくれた。


「なにか飲んだほうがいい」


悠将さんが置いてあるティバッグでお茶を淹れ、カップを渡してくれた。

レモンのいい香りを吸い込めば、頭もすっきりする。


「それで。

これは李依の指に戻していいんだよな?」


私の前に跪いた彼が、私の外した指環を見せてくる。


黙って頷いたら、悠将さんは私の左手薬指にそれを戻した。


「二度とこの指環を外すのは許さない。

わかったな」


指環ごと私の左手を掴んだ悠将さんが、眼鏡の奥から強い意志のこもった瞳で私を見ている。

それに視線は逸らせず、ただ無言でこくんと頷いた。


「わかったならいい」


私の返事で表情を緩め、彼が隣に座る。


「僕の幸せは僕が決める。

李依にも決めさせないと言ったはずだ」


妊娠したのがわかって結婚を迫る悠将さんに、私といたら幸せになれないからと突っぱねたときに言われた。

私はあのときから進歩がなくて嫌になる。

さらに。


「あと、なんでもかんでも自分のせいだと思い込むのは悪い癖だから直せと言っただろ」


「ふがっ!?」


むぎゅっと鼻を摘ままれて変な声が出た。


「ホテルが買収されたのは僕の力が及ばなかっただけで、李依のせいじゃない。

それにこれはもう、次の手を考えているから問題ない。

今度また、私のせいで……とか言ったら、この鼻に牛みたいなピアスを着けるぞ」


「痛い、痛いです!」


摘ままれたまま鼻を思いっきり左右に揺らされたら堪らない。

それに牛みたいに輪っかを着けられるのは嫌だ。


「……直すように気をつけます」


「うん」


手を離した彼が満足げに頷く。

私の悪癖、前に言われたときはわからなかったけれど、今ならわかる。

勝手に自分のせいだと決めて自己完結するのは、ただの自己満足だ。

まずは、きちんと話をする。

自分のせいだと決めつけるのはそれからでも遅くない。

これからはできるだけそうするように気をつけたい。


「まあでも、僕は自分を酷い目に遭わせた相手ですら、悪口を言うどころか幸せを願う李依に惚れたんだけどな」


「ええっと……?」


眼鏡の弦のかかる耳を赤く染め、彼がなにを言っているのかわからない。


「それって……?」


「李依があんまり可愛くて、一目惚れだったんだ。

健気な李依を本気で自分の手で幸せにしたいと思った。

だから最後の夜、必ず迎えに行くから落ち着いたら連絡くれと言ったのに、音信不通になるんだもんな」


「うっ」


そういえばあの夜、彼はなにか言っていた。

それを覚えていない私が悪い……のか?

でもあのときは散々彼が責めてくれたおかげでくたくたで、そんな余裕はなかったのだ。


「……子供ができたから仕方ない結婚するんじゃないんですよね?」


それでもつい、自信のない私は確認してしまう。


「は?

李依はまだ、僕の愛を疑っているのか?」


「それは……」


疑っているわけではない。

ただ、こんな理由で決まった結婚だから不安がなくならないのだ。


「李依にプロポーズするつもりで帰国したんだ。

李依が僕の子供を妊娠していたのは驚いたが……それについては詫びなければならない」


私の手を握り、悠将さんはじっと視線を合わせた。


「詫びるだなんて、そんな。

それを許した私にも、責任があるんですから」


「違うんだ」


彼が首を横に振る。

いったい、悠将さんはなにが言いたいんだろう。

落ち着かない気持ちで次の言葉を待つ。


「李依が妊娠すればいいと思った。

そうしたら子供を理由に結婚を迫れる。

僕は……最低、だろ?」


らしくなく彼が項垂れ、胸が苦しい。

それに、私だって。


「最低なんかじゃないです。

私も……悠将さんの子供が、欲しかったから」


「李依?」


これは、あのときはまだ自覚していなかった私の気持ち。

未練もなくなり、悠将さんに愛され、可愛がられてようやく気づいた。


「悠将さんはきっと私なんか手が届かない人だから、好きになっちゃダメだって。

でも、二度と会えなくていいから、悠将さんとの繋がりが欲しかったんです」


だから、子供ができたとわかっても、堕ろすなんて微塵も考えなかった。

彼の子供だから産む。

産んで、愛して、育てる。

確固たる信念としてそれは私の中にあった。

それほどまでに、私はあのときから悠将さんを……。


「だって私はあのときから悠将さんを愛していたから」


今できる一番の顔で悠将さんに笑いかける。


「李依……」


ぎゅーっと悠将さんから抱き締められた。


「李依を愛してる。

李依が僕を幸せにしてくれるように、僕が李依を、李依とお腹の子を絶対に幸せにする」


「好き。

悠将さんが好き。

悠将さんを愛してる。

愛している悠将さんの子供を身籠もれて、幸せです……」


悠将さんの手が私の頬に触れる。

目を閉じると唇が重なった。

幸せ。

凄く、幸せ。

三日月のように欠けていた私の心が満たされ、満月になる。

あの日の言葉どおり、悠将さんが満たしてくれた。


「幸せすぎて死にそうだ」


「え、こんなことで死なないでください」


私の背中で悠将さんの手に力が入る。

うん、でもその気持ちわかるかも。

私も幸せすぎて、夢でもみているんじゃないかと思うもの。

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