最終章 三日月は満ちて満月になる

第23話

悠将さんが帰ってくるまでの僅かな時間で、黙々と荷物の整理をする。


「マフラー、編み上がったのに」


編んでいる間ずっと、喜んでくれる顔ばかり浮かんでいた。

普通じゃないほど喜んで、このまま金庫に入れて保管しておく!

とかいうところまで想像できたのに、それが見られないのは残念だ。

このマフラーはあとで処分しよう。


予定どおり、ジャニスさんと話をした翌々日に悠将さんが帰ってきた。


「ただい、ま……」


私の顔を見た途端、みるみる彼の顔が曇っていく。


「李依?

なにかあったのか?」


そっと悠将さんの手が、心配そうに私の頬に触れた。

……ああ。

ダメだな、私。

ちゃんと笑ってお別れしようって決めていたのに。


「悠将……和家、さん」


「李依?」


名字で呼ばれ、眼鏡の奥で不安そうに瞳が揺れる。


「お世話になりました。

私と別れてください」


自分の左手薬指から指環を外し、その手を取ってのせた。


「李依、なにを言っているんだ?」


「私のせいで、和家さんがホテルのひとつを失ったと聞きました。

私と一緒にいたら、和家さんは幸せになれない。

私じゃ和家さんを幸せにしてあげられない、から。

子供は責任を持って育てます。

だから、気にしないでください」


視線は合わせられなくて俯いた。

出てくるな、涙。

彼の幸せを願うなら、これが一番いい選択なんだから。


「……それは李依のいいところであり、悪いところだ」


頭の上に悠将さんの声が落ちてくる。

それは、怒っているようだった。


「僕の幸せのために自分は黙って身を引く?

李依はそうやって、自分に言い聞かせて諦めているだけじゃないのか」


彼の声がずっしりと胃の腑に落ちる。

私が諦めていた……?

考えてみれば悠将さんの言うとおりだ。

本当はハワイであの人に別れを告げられたとき、泣いて喚いて責めたかったかもしれない。

でも、それで彼が幸せになれるんだからいいんだと自分に言い聞かせた。

今だって。


「自分の気持ちはちゃんと伝えろ。

それすらせずに諦めるな」


私の肩を掴む、悠将さんの手が痛い。

しかしそれだけ、私を思ってくれている。


「……悠将さんと一緒にいたい」


自分から出た声は情けないほど震えていた。


「悠将さんと子供と一緒に、温かい家庭を築きたい。

私が悠将さんを幸せにしたい」


おそるおそる顔を上げると、レンズ越しに目が合った。

その目は石炭のように燃えている。


「……うん」


悠将さんの手が私を抱き締める。

ぎゅっと痛いくらい、その手に力が入った。


「なら、僕の手を離してどうするんだ。

絶対に離すな」


いいのかな、私が一度は離そうとしたこの手を再び取っても。

それに。


「でも、悠将さんのホテルが」


「ホテルのひとつやふたつより、李依を失うほうがつらい」


私を抱き締める悠将さんの手は、縋るようで胸の奥が切なく締まった。


「ごめんな、さい」


「わかったならいい」


気が緩んだせいか涙がぽろりと落ちる。

それをきっかけに堰は一気に決壊し、悠将さんの胸に顔をうずめて泣きじゃくった。

今まで我慢していた分を全部流すかのように涙はいつまで経っても止まらない。

泣き続ける私を悠将さんはただ、黙って抱き締めていてくれた。


「止まったか?」


「……ん」


ようやく泣き止んだ私の顔を悠将さんがハンカチで拭ってくれる。

それが、くすぐったくて嬉しい。

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