第三章 幸せにすると誓います

第14話

朝は和家さんが会社まで送ってくれた。

……例の、リムジンで。


「その。

手前で降ろしてください」


「なにを言っているんだ、会社まで送るに決まってるだろ」


私のお願いはにっこりと笑った和家さんによって却下された。


……このリムジンは目立つんですよ!

心の中で抗議したって彼には聞こえない。

それに言ったところで彼が聞いてくれないのは学習済みなので、もう言わない。


会社の前にリムジンが横付けされる。

何事かと出勤してきた人たちが集まってきて、今から降りるのだと思うと気が重い。


運転手がドアを開け、和家さんが先に降りた。

私は奥に乗せられたのでそうなる。


「送ってくださり、ありがとうございました」


「ん、いってらっしゃい」


お礼を言ってさっさと会社に入ろうとしたら和家さんの顔が近づいてきて、唇が重なった。


「……は?」


固まっている私を置いて和家さんが車に乗り、ドアがバタンと閉まる。

すぐに窓が開いて彼の顔が見えた。


「李依、愛してるー」


ひらひらと手を振りながら去っていく和家さんを呆然と見送った。

あの人はこんなところで、いったい、なにを。

周りの視線が、痛い。


「あー、えっと。

あはははっ」


なんとなく笑い、逃げるように建物の中に入った。


職場に着くと同時に、速攻で上司の元へ向かう。

先手必勝、だ。


「課長。

和家CEOと結婚することになりました」


「そうか、結婚か。

おめでとう。

お相手は和家CEOか。

……ん?」


温かくお祝いムードだった課長が笑顔のまま固まる。


「……和家CEOと結婚?」


「はい、そうです」


「へぇー、そうなの……か?」


「はい、そうなんです。

よろしくお願いします」


止まったままの彼を置いてさっさと席へ戻った。

妊娠は……まだ報告しなくていいよね?

仕事はいまのところ、どうなるのかわからない。

昨日はほぼ、妊娠を和家さんに知られ、結婚を決めるだけでいっぱいいっぱいだった。

彼からも今日帰ってからあらためて今後の話をしようと言われている。


私と和家CEOの結婚の話は瞬く間に広がり。


「……ねえ。

あの人が」


「……ああ、例の」


こそこそ話す声が聞こえてきて、足を速めて経理部まで戻る。


「……面倒」


あっというまに私の噂が上書きされた。

ハワイで男から逃げられた女から、ハワイで浮気して離婚された女に。

不名誉度は断然、後者が高くて、落ち込みそうだ。

一応、旦那になるはずだった男と別れたのが先で、そのあとに和家さんと知り合ったのだと説明はした。

しかし火はどんどん広がっていき、消火が間に合っていない状態だ。


仕事が終わり、和家さんに連絡を入れる。

迎えに行くと言われて断ったが、すぐに行くから絶対に待っていろって返ってきて無理だった。


「うーっ」


休憩コーナーで時間を潰す。

通りかかる人がちらちらと私を見た。

噂ってどれくらいでなくなるんだろう?

七十五日だっけ?

長いなー。

今ならいけそうな気がして、カロリーゼリーを飲みながらうだうだと考える。

仕事ってこのまま続けてもいいのかな?

……などと考えているうちに、和家さんから着いたと連絡が入って会社を出る。

表にはリムジンが止まっていて、朝と同じく人だかりができていた。


「お疲れ、李依」


「お迎え、ありがとうございます」


和家さんはわざわざ降りて、私を奥へ乗せてくれる。

とにかく早くこの場を離れたくて、なにも言わずにさっさと乗った。


「その、送り迎えはありがたいんですが、あの」


……このリムジンは目立つからやめてほしいです。


というのはなんか、言いづらい。


「今日はたまたま、だな。

ちょうど時間に余裕があったんだ」


「ああ、そうですか……」


なら、これからはない?

それならちょっとだけ安心だ。


「僕自身が行けない日は、迎えを寄越すから心配しなくていい」


和家さんはそれが当たり前だというふうな顔をしている。

その申し出は大変ありがたいが、それもこのリムジンではないと思いたい。


「しかしハイヤーになると思うから、すまないな」


「いえ……」


……ハイヤー大歓迎!

とか心の中で大喜びしていたのに。


「どうせ李依用の車もいるし、もう一台リムジンを買うかな……?」


なんて和家さんが悩みだしてどきまぎした。

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