第二章 責任を取ってもらおうだなんて思っていません
第9話
帰国してしばらくは忙しく過ごした。
住んでいたマンションは退去日が迫っていたので、とりあえず安いマンスリーに転がり込む。
両親にハワイで彼と別れたと報告したら、あんたがぽやっとしているからでしょと呆れられ、会社でも同じように笑われた。
そんな現実に、ハワイでの日々は夢だったんじゃないかと思ったが、胸もとで揺れる三日月のペンダントが確かにあの日々はあったのだと証明してくれた。
和家さんを疑っていたわけではないが、カードの入った財布も人質に取れていたので不正利用の可能性も捨てきれなかったが、それもなかった。
本当に、あの人はなにが目的だったのかいまだにわからない。
ハワイ旅行から帰国し、ひと月ほどが過ぎた頃。
「……嘘」
便器に座ったままそれの結果を見て、一気に血の気が引いていく。
しかし何度確認しても、それ――妊娠検査薬には陽性の結果が出ていた。
「……どう、しよ」
月のものが予定通りこなくて、最初は精神ダメージ大きかったし、忙しかったから遅れているだけだと楽観視していた。
しかし、一週間が過ぎ、二週間が過ぎるとさすがに焦ってくる。
まさかと思いつつ買ってきてやった結果がこれだ。
「相手……和家さん、だよね……」
別れた彼とはハワイに行くひと月以上前からそういう行為はしていない。
だからこそ別れたのだとも言えるが。
そうなると思い当たるのはハワイ最後のあの夜しかない。
「ううっ」
なんで連絡先を聞いておかなかったんだろう。
知っているのは和家悠将という名前と、かなりのお金持ちそうだということだけだ。
彼に抱かれたのには後悔はないが、こうなるとどうしていいのかわからなかった。
いや、もしかしたら検査薬の結果が間違っているのかしれないし。
なんて一縷の望みをかけて病院へ行ったが、妊娠が確定されただけだった。
「あー、うー」
ベッドに寝転び、言葉にならない声を発しながらもらった母子手帳を眺める。
不思議と、私の中に堕ろすという選択肢はなかった。
和家さんの子供を産んで、育てる。
それだけは決まっていたが、仕事や生活はどうするのか問題は山積みだ。
「……頑張んなきゃ。
もう、お母さんなんだし」
胸の三日月をぎゅっと握る。
きっと、大丈夫。
なんとかなる。
今は自分にそう、言い聞かせるしかできなかった。
誰にも妊娠を告げられないまま、仕事をする。
「初見さん。
ちょっと社長室までいいかな?」
「はい……?」
課長から声をかけられ、間抜けな声が出た。
私、社長から呼ばれるほどのなにかをやったっけ……?
考えたけれど、思い当たる節はない。
わけがわからないまま社長室へ行くと、さらにわけのわからない命令をされた。
「私が、そのCEOの接客ですか……?」
「はい、先方からのご指名なので」
父ほどの年の社長が冗談を言っているようには見えないが、それでも本気だとは思えない。
私が営業や秘書ならわかるが、入社してからずっと経理一筋。
扱っている商品の説明なんてできない。
そもそもなんで、私をご指名なんだろう?
「初見さんは和家CEOの知り合いなんですか?」
「……違うと思います」
和家という名字は珍しいが……まさか、ね。
「そうですか。
とにかく、これには我が社の未来がかかっています。
よろしくお願いしますよ」
「……はい、わかりました」
社長は言葉こそ優しいが、私に拒否させなかった。
社長命令ならばもう、従うしかない。
その後、営業部長や秘書室長と綿密な打ち合わせをした。
明後日我が社を訪れるのは高級ホテル、ハイシェランドホテルのCEOだ。
日本国内だけではなく全世界展開しており、それ以外にも上ランクのビジネスホテルや他にいくつか展開している。
寝具メーカーの当社としては、もし商品の契約が決まればとんでもない売り上げになるはずだ。
上役たちが必死なのも頷ける。
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