第16話 私の勇者③ 無痛の呪い
ルミエラの近くにある暗い森の中で、ルカとノエルは賊に囲まれていた。
周囲を静かに見据えるルカの顔を、月明かりが照らしている。ルカの前にはヴァイパーという名の賊のリーダーが倒れている。彼の腹には、ルカの剣が突き刺さっていた。
「ルカ……。来てくれたんだね」
ノエルは、胸に刺さった矢を手で押さえながら、痛みに耐えているようだった。
「ノエル! 大丈夫そうじゃねぇな……。俺が矢を抜くから、すぐにヒールを自分に!」
「はは……。そうしたいんだけど、実はもうマ――」
「あぁぁ!!! 痛てぇ……気がする……。腹に違和感を感じるぜぇ……」
突然、倒れていたヴァイパーが口を開いた。その様子に、ルカは戸惑いながらも身構える。
剣で腹を貫かれて、なんで平気なんだ? ルカは目を細め、ヴァイパーを警戒する。
「やってくれたなぁ……クソガキ。てめぇはもう楽には死なせねぇ……」
ヴァイパーは身を起こしながら、ルカを憎悪のこもった表情で睨んだ。そして、そのまま立ち上がると、刺さっていたルカの剣を引き抜き、無造作に放り投げた。
「あぁ……。動きづれぇ……。なぁに見てんだよぉ、クソガキ。俺様にビビっちまったかぁ?」
「お前、なんで立てるんだ? アンデッドか?」
「アンデッドォ!? 人間様だぁクソガキ。そんなに不思議かぁ? 教えてやらねぇけどなぁ」
ヴァイパーは冷たい笑みを浮かべながら、片手で剣を構えた。それに同調するかのように、周囲の賊も剣を構え始める。
ルカの剣は、先ほどヴァイパーに投げられ地面に転がっている。拾っている余裕はないと、素手で構えを取りながら賊の出方を伺った。
「丸腰だなぁ。残念だけどよぉ、俺様は剣を拾わせてやるような騎士道精神は持ってないぜぇ」
ヴァイパーが言葉を発したと同時に、ルカの背後に賊が迫った。
「武器は道具だろ。大事なのは、今をどう戦うかだ」
ルカは静かに呟くと、背後の賊の顔面に渾身の蹴りを放った。賊はそのまま地面に崩れ落ちる。
「ちっ……背後に隙を見せて誘ってやがったのかぁ、クソガキがよぉ」
ヴァイパーは気だるそうに、鋭く細い目でルカを睨む。
「てめぇらぁ、一斉にやっちまえ」
周囲の賊が、即座に戦闘態勢に入りルカへと近づいてきた。
「ただしよぉ。このクソガキは油断ならねぇ。四方を挟むように四人ずつで囲め」
しかし、賊はなかなかルカを包囲できず、一人ずつ着実に倒されていた。
一人で戦うルカにとっては、なりふり構わず数で攻め込まれるより陣形をとられる方が厄介だった。そして、それはルカも理解していた。
囲まれたらやられることは、獣の魔物との戦いで既に経験していた。複数の敵を直線上で捉えるように、常に一対一の状態で戦っている。
「っ……。めんどくせぇガキだな」
次々と同胞を減らされていくことに苛立つヴァイパーは、自らも打って出ようと前に進みだした。そして、持っていた剣を投げ捨てると、背中に背負っていた長剣を抜き出した。
ヴァイパーは全長1メートルを超えるであろう剣を両手で握ると、ルカへ向かって突進した。
短剣や片手剣を持った素早い賊を相手にしているルカにとって、長剣はさほど問題にはならないと思っていた。しかし、このヴァイパーの剣突に嫌な予感を感じたルカは、すぐさま横へと重心を移した。
間一髪のところで疾風のような突きを躱すと、そのままヴァイパーの顔面に拳を叩き込んだ。頭に衝撃を食らったヴァイパーは、そのまま体勢を崩す。
「ぐぅぅ…………。頭がグラグラするぜぇ……。だが、痛くもかゆくもねぇ……気がする……」
「ヴァイパー。お前、痛覚がないんだな」
拳の感覚でルカは理解した。明らかにダメージは入っていることを。しかし、問題なさそうにしているヴァイパーの態度を見て、ルカはそう結論付けた。
「そうだよぉクソガキ。無痛の呪いをかけられて以来、ずっとだ……。もう昔のことだけどなぁ」
「へぇ。お前みたいなやつには便利そうだな」
ルカの言葉に、ヴァイパーの顔が一瞬険しくなる。
「てめぇも。そう言うのかぁ……クソガキィ」
そう言うと、ヴァイパーは長剣をルカに振り下ろす。
「てめぇみたいな! なにもわかってない奴にはなぁ! 俺様が直接手にかけないと気が済まねぇ!」
一振り目を躱したルカを、すぐさま切り上げるように二振り目が襲う。剣先がルカの腕を掠った。
「…………っ!」
「ははぁ! 騎士をやってた頃の経験ってやつはよぉ。こういう時に活きるもんだなぁ!」
ヴァイパーは振り上げた長剣を、そのまま内側へと振り返し、水平に切り込んでくる。またしても、今度はルカの脇に浅い傷をつけた。
「ぐっ……お前みたいなやつが、騎士をやってたなんてな!」
「そうだろうクソガキィ! 人生は何があるかわかんねぇもんだよなぁ!」
ヴァイパーの連撃が止まると、ルカは一歩後退し、自分の剣へ目を向けた。それを察したヴァイパーは、剣までの道を遮るように立ちふさがる。
しばらく二人が睨みあった後に、ヴァイパーはまたしても剣突を繰り出した。しかし、ルカは剣先を横から手のひらで払うように躱す。そのまま、痛々しく血がにじんでいるヴァイパーの腹部へ蹴りを叩き込んだ。
ダメージが大きかったのか、ヴァイパーは膝に手をつきながら、長剣を杖のようにして体を支えている。
「ヴァイパーの剣、視えてきたな……。戦いに集中できてる」
「いいィ……痛ぇかどうかわかんねぇんだよぉ! 体がふらふらする……! 口からも大量に血も出てきた!」
「痛覚がねぇとなぁ! 自分に何が起こってんのか、わかんねぇんだよぉぉ!」
「知らねぇ間に何もかも壊れてくんだ!! 気づいたときには手遅れなんだよぉぉ!!」
悲痛の叫びを上げるヴァイパーを、ルカは静かに見ていた。
「あぁぁ……。俺様の体はもうどこもボロボロだぁ。体に埋め込まれた魔道具でマナを供給しなきゃ満足に動かねぇ……」
「だからよぉ。満足な体で幸せそうな顔したやつらを地獄に落とさねぇと不公平だよなぁぁ!」
ヴァイパーは再び長剣を握ると、前に向かって構えた。しかし、その目は虚ろで限界が近いことがわかる。
「自分の痛みがわかんないと、人の痛みもわかんないだろうな。ヴァイパー」
ルカも、敵の剣を迎え撃つ準備をする。
この時、ルカは既に手下の賊はすべて片づけたと思い込んでいた。確かにほとんどの賊はルカに倒されていた。あと一人を除いて。そして、それにヴァイパーは気づいていた。
「今だ! やれぇ!」
ヴァイパーが声を上げると、賊が茂みから斬りかかってきた。油断していたルカは、避けきれなかったが、寸前のところで剣を握る腕を掴むことはできた。賊は、腕を掴まれながらも、体重を乗せて剣をルカへと突き立てる。ヴァイパーの横やりが来ないように、ルカは周囲に注意しながら賊を押し戻していった。
「…………っ!」
突然、ルカの腹を長剣が貫いた。長剣は、賊の腹から突き出ている。ヴァイパーは、手下ごとルカを突き刺したのだった。
「言っただろぉ。俺様には騎士道精神はないってよぉ……」
ルカの顔が痛みで歪む。それを見て、ヴァイパーは勝ちを確信した。はずだった。
次の瞬間、ヴァイパーの視界は歪んでいた。体も動かない。
「…………??」
ヴァイパーは声も出せないまま視線を落とすと、首元に剣が刺さっていることに気が付いた。ルカは、剣を持っていないはずだ。いや、違う。この剣は、手下が持っていた短剣だった。
俺様が刺した時に奪ったのか……。朦朧とする意識の中で、ヴァイパーは敗因を悟った。そのままヴァイパーの体は、後方へ倒れていく。
このクソガキに……俺様が負けたのか。
騎士をやってても、賊をやってても、良いことなんて一つもなかったぜぇ。
俺様を笑う奴。俺様を理解しねぇ奴。俺様から逃げた奴。全員手にかけてやった。晴れやかな気分だった。
そして俺様をこんな体にした奴。
――――ヴァイパー、これで痛みが引いてきたかい?
あぁ。あのくそ野郎があの世にきたら……絶対に捕まえてやる……それから嬲って、嬲って、なぶ……。
ルカは、ヴァイパーをどこか憐れむような目で見ていた。ヴァイパーが動かなくなったことを確認すると、茂みで木にもたれ掛かっていたノエルに急いで駆け寄った。
ノエルの息は荒く、衰弱していた。
「おい! ノエル! すぐに自分にヒールをかけろ! 矢は俺が抜いてやる!」
目を微かに開いたノエルは、弱々しく微笑みながらヒールと呟いた。
しかし、翠の光に包まれたのはルカだった。最後の剣突にやられた腹の傷は出血が激しかったが、みるみる癒えていく。
「ノエル! 馬鹿が! 俺が先じゃねぇだろ! いますぐ自分にヒールをかけろって言ってんだ!!」
「ごめんね……ルカ。マナがもうなくて。それが最後のヒールだよ」
「何言ってんだ!! お前が助からないじゃねぇか!!」
突然、空から大粒の雨が降り出した。たちまち雨は土砂降りになり、衰弱しているノエルに追い打ちをかける。
「たしか……この先に洞窟が!」
ルカは、ノエルを抱えて近くの洞窟までくると、そこで雨を凌いだ。
「ノエル! なんか手はあるはずだろ! 絶対お前を死なせねぇから! だから!」
「ふふ……。私はルカが……こうして生きててくれて。嬉しいんだよ」
「おい! ノエル!」
「あいつにも勝ったんだね……。強くなったなぁ、ルカは。ちょっと前はダメダメだったのにね……」
ノエルは、力なくルカに微笑む。そんなノエルを抱きかかえるように、ルカは自分の肩にノエルを寄りかからせた。
「くそ! ちょっと待ってろ! 薬草か何かで、治療できたりマナを補充できたりできるかもしれねぇ!」
「ごめんね……。薬草じゃこの傷は癒せないし……このレベルの傷だと、ちょっとマナが補充できただけじゃもう足りないんだ……」
「諦めてんじゃねぇ!!! そうだ!! 俺にヒール教えてくれよ!! もしかしたら使えるかもしれないだろ!!?」
ルカの言葉に、ノエルは悲しそうに返事をした。
「ルカには……ヒールは使えないでしょ?」
「だって、ルカは」
「魔族なんだから」
その言葉を聞いたとき、
ルカの周りから一切の音がなくなった。
無音の世界で、何もかもが止まってしまったような感覚にルカは陥った。
弱りながらも、全てを覚悟したような目でノエルは、ただ静かにルカにもたれかかっていた。
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